東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

昆明便り(1)


2011.4.9

昆明便り(1)

中国だい好きの皆さん:

お元気ですか。
 日本で大地震が発生して1ヶ月近く経ちますが、地震と津波の被災地では多くの死者と甚大な被害が出ており、行方不明者の捜索や後片付け、原発事故による避難など、未だ復興の目処もたっていないようで、何とも痛ましい限りです。また、東京でも電力やガソリン不足等で通勤や生活に支障が出ているそうで、大変気がかりです。
雲南省でも日本の地震と前後して盈江と中国国境近くのミャンマーで地震が発生していますが、昆明は全く揺れていません。
昆明在住の日本人は正確な人数は判りませんが、雲南大学に15人位(語学留学生は10人)、雲南師範大学に15人位、東方学院という私立の語学学校に10人位、現地で仕事をしている人が20人位で、大体60人程居るようです。中国でも連日日本の地震関連ニュースを流していますので、我々日本人も若干の情報をもっていますが、余りにも遠く離れていますので、何をしたら良いのか判らず、いたたまれない思いで居ます。
そこで、雲南大学と雲南師範大学の日本人学生(若者)が中心となり、3月25日にそれぞれの校内で、雲南省の盈江地震と併せた募金活動を行いました。中国人学生の関心も高く、2時間ほどで1万5千元集まり、日本と中国の赤十字社に折半して義捐しました。
 
 昆明は、来た当初日中の気温が22、3度あり、大学構内並木の海棠や近くの円通禅寺や筇竹寺の雲南桜が満開で、急に寒い日本から南国のリゾート地に来た気分でした。しかし、3月半ば頃から半月ほど曇りの日が続き、寒くて震えていましたが、4月に入ってやっと暖かくなりました。昆明は“春城”と言われ、1年を通して過ごし易い気候ですが、“四季无寒夏、一雨变成冬”とも言われ、曇りや雨の日は急に寒くなります。
 西安、北京等の中国の都市は東西南北の直線道路で整備されており、道を1本間違えても方位を間違えなければ問題なく目的地に行けましたが、昆明は3本の外環道路に囲まれた複雑な道路の街で、枝分かれしたり、右に曲がったり左に曲がったりで、地名と道路名と大きな施設等を覚えるまでに時間が掛かりました。
郊外には高層ビルが建っていますが、中心部では高い建物が少なく、色や意匠に個性があり、中々落ち着いた街です。雲南大学の建物もフランス人が設計したそうで、ロシア人が設計した西安交通大学とは随分雰囲気が違います。
食べ物は、新鮮な果物や野菜が豊富です。また、他の中国都市と比べてご飯が美味しいので助かります。特に傣族の竹やパイナップルに入れた糯米とフランス人やイタリア人の店のパンやピザは日本の専門店と遜色の無い美味しい味です。気候がよくて食べ物が美味しいので、日本人もご夫婦で長くいる人も多くいます。また、今回の留学生の最高齢者は、埼玉県在住の78歳と75歳の方です。気候の良さと生活のし易さから、高齢者でも健康に注意すれば十分留学生生活が出来ます。
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日本人の皆さんは、お茶や茶馬街道、西南シルクロード、少数民族等に個それぞれ興味を持ち、自分のテーマでもって雲南省の各地を旅行されています。特に中国は雲南省だけに興味が有るという人が多いのも驚きです。
 私も早く雲南に慣れたいと思い、3月19日・20日に一泊二日で“罗平(luoping)”に菜の花を、また4月3日から5日まで二泊三日で“元阳(yuanyang)”に棚田を見に行って来ました。

 罗平は昆明の東約230kmに位置し、貴州省・广西壮族(広西チワン族)自治州に隣接しています。途中の石林風景で有名な石林(昆明の東約100km)から続く広大なカルスト地形に広がる中国有数の菜種油の生産地で、30万亩(200平方キロ)の広大な面積に作付けされており、2月・3月が花の見ごろとなっています。
行きは列車で3時間、帰りはバスで4時間の行程です。罗平周辺は2、30kmに渡って道路沿いに菜の花畑が広がっています。特に“金鶏峰”はすり鉢を逆さにしたような小山が地平線まで続いて点在する地形で実に素晴らしい景色を見ることができました。此処の民宿に泊まり、朝早く山腹にあるお寺まで登って日の出と景色を楽しむことも出来ました。また、“牛街”という地区の山間部に開けた棚田の田螺田(螺蛳)と呼ばれる場所では、円形の幾何学模様をした珍しい景観で、何れも中国ならではの景色です。5月には菜種を収穫し、その後は米と煙草を植えるそうです。少数民族もいますが、菜種農家は漢族が多いようで、民宿をしたり、土産を売ったりで、のんびりとした裕福な土地柄でした。

元阳は昆明の南約320kmで、哈尼族彝族(ハニ族イ族)自治州の中心に位置し、住民は哈尼族彝族が多く、ベトナム国境に隣接する地域です。元阳へは昆明南部客运站からの直行バスが有りますが、清明節の連休で当日売りが無く、行きも帰りも“建水”乗換えで、片道8時間の所要時間です。
棚田は130平方キロの規模に及び、標高1450mから2150mに渡って連なり、大きなところでは5000段に及ぶといわれています。棚田は自治州の広い範囲に広がっていますが、雄大な景観が望めるのは、元阳から更にタクシーで1時間ほど行った辺境な農村地帯です。今の時期は田に水を張っていますので、遠くから見るとステンドクラスのような模様が空の変化に連れて変わり、実に不思議な光景でした。
現在世界自然遺産に登録中ということで、道路の拡幅工事が行われていましたが、農地は急峻な地形で機械が入りにくく、人手と水牛で田を耕しています。山腹の上の方には未だ水を張っていないところが多くあり、渇水と労力不足の両方によるものではないかと想像しました。
 棚田の歴史は1000年以上前に遡ることができるそうです。急速な経済発展が続く中国の、多くの中国人観光客が押し寄せてくる中で、オートバイも車も持たず、綺麗な民族服を着て昔ながらの重労働の農作業をやっている哈尼族は、何時までこの生活を続けられるのだろうかと、一寸心配になりました。

 元阳の帰りも昆明までの直行バスが取れず、“建水”経由でした。しかも4時間待ちでした。建水という街の名前は聞いていたのですが、どの様な街か判らず余り関心が無かったのですが、1200年以上の元代からの歴史を持つ古い街で、雲南南部の政治、軍事、経済、文化の中心地として栄えて来たようです。雲南の街としては漢族の割合が多く、街の中心部には古い建物が残っています。
どこかで見たような建物や街並みがあり、“朝陽楼”といわれる城門は、天安門より30年ほど前に建てられています。豪族の屋敷後である“朱家花園”の近くの通りは150年以上前の建物に今も人が住み商売をしています。北京の瑠璃廠に似た雰囲気の通りです。また、孔廟は規模や保存状態から山東省の孔廟に次ぐと評価されているそうです。
帰りに一寸寄っただけでしたが、何となく得をした気分です。機会が有れば、改めて2、3日かけて見ても良い場所です。

 未だ昆明も1ヵ月半ですので、何となく土地勘が無く、地名も難しい名前ばかりで様子が良く判りません。雲南の東西南北の地域は、それぞれ独特の自然環境と歴史と文化習慣を持っていますので、半年程度の期間ではとても雲南を語れないということが良く判りました。時間とチャンスがあれば、今度は昆明の北西部と南西部に行きたいと考えています。

 中国だい好きの皆さん、機会があれば是非雲南に来てください。未だ見ていないところが沢山ありますよ。
日本の地震復興と放射能汚染問題が解決し、早く正常な生活に戻れることをお祈りしています。

2011.4.9
長尾圭介

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by zuixihuan | 2011-04-08 21:35 | 昆明便り | Comments(0)