東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

07年9月、新疆の旅-中国の広さと文化の多様さを実感-

07年9月、新疆の旅
-中国の広さと文化の多様さを実感-


 内田 知行

8日の日程の今回の旅は、往路と復路がけっこう大変でした。1日のうちに成田から北京を経由してウルムチまで行ってしまいました。帰りも早朝ウルムチを発って深夜には自宅に着きました。
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旅程は、ウルムチから海抜0メートルのトルファンに移動し、そこで2泊しました。それからウルムチにもどり、タクラマカン砂漠を飛行機で見下ろしながらホータンに行きました。
ホータンで2泊観光し、同地から旅行社の大型バスにのって10時間余で国境の町、カシュガルに着きました。カシュガルで1泊したあと、まるまる1日観光して、最後の夜、ウルムチに戻りました。

 「新疆は中国のなかの外国」

いちばん印象深かったことは、「中国は広いなあ」ということと、「新疆は中国のなかの外国だ」ということです。広いということについていえば、東京→北京は3時間半、北京→ウルムチが4時間です。
最も驚いたことは、「新疆時間」です。民衆は、北京から2時間時差のある「新疆時間」で暮らしています。夏の夜は8時過ぎても明るいのです。もっともウルムチでは午前7時が、それよりも1000キロ近く西にあるカシュガルでは午前8時が日の出直前でした。
役所や学校はいわゆる中央政府の時間に従って運営されていますが、民衆は生活実感を反映する「新疆時間」です。モスクやイスラム陵墓が各地にありましたが、モスクの柱時計は「新疆時間」ですし、敬虔なムスリムがする1日5回のお祈りも「新疆時間」です 
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もう一つの「外国」ですが、ホータンやカシュガルは人口の7、8割がウイグル族だそうです。トルファンでもウイグル族や回族がたくさん住んでいます。 
商店や通りの表示は上がウイグル語、下が漢字です。耳をすましていると、街角の至るところから中国語以外の発音が聞こえてきます。
ウイグル族はイランやトルコの人びとのような彫りの深い顔つきで、しかも彼らはイスラム教徒です。街角の風景も、もしも漢字の表記がなかったら中央アジアや西アジアそのものです。 
でも、中国語を学ぶ私たちにとってうれしかったことは、うまいへたはありますが、ウイグル族も中国の標準語(北京語)ができることです。それは学校で習った、いわゆる外国人の中国語なんですね。こっちもへたな中国語ですから、私には、お互いにけっこう聞き取りやすい感じがしました。
私は山西省や四川省の農村にときどき行きますが、そこの庶民たちよりもよっぽど私たちの標準語が通じます。「外国」なのに、なんだかとても妙な感じがしました。

イスラム文化に触れる

いま書きましたように、新疆はイスラム教徒がとてもたくさんいるところです。これと関連して考えたことのない発見、体験をしました。
ちょうど9月13日にイスラム教のラマダン(断食月)が始まりました。私たちはその翌日ホータンを出発しました。目的地のカシュガルまでは500キロ以上の道程です。
ガイドさんは漢族ですが、運転手はウイグル族です。運転手は夜明け前の5時ごろ食事をしたあとは、軽食はもちろん水も好きなタバコもだめ。カンカン照りの道路を10時間以上運転するのです。その間、私たちは朝昼晩(まだ太陽が沈む前)3食をたらふく食べ、ミネラルウォーターを好きなだけ飲み、おやつを車中で食べたりしているのです。
これが自分だったら、とても半日もハンドルをもち続けることはできないだろうな、と思いました。運転手のすきっ腹を想像すると、おちおち座席で居眠りもできませんでした。

ホータンでは、ホテルの近くの超市(スーパーマーケット)を見に行きました。漢族の開いた超市のほかに、ウイグル族の民族系超市がありました。後者をのぞいて気がついたことは、前者にはたくさん置いてある酒やビールが一切置いてないのです。新疆特産のワインさえもないのです。イスラム教徒にとってご法度の酒類は売らないとのことでした。
漢族の超市にも少数民族の売り子はいるのですが、こちらの民族系超市の店員さんはほぼ全員が妙齢のウイグル美人です。彼女たちのお勧めで、遂にホータン特産のバラ茶を買ってしまいました。

やはり14日、莎車県城(ヤルカンド)のアマニシャーハン記念陵墓を見学したときのことです。16世紀の女流詩人を祭った陵墓ですが、その隣に町一番のイスラム寺院があります。
ちょうど私たちが着いた時に、寺院前広場で葬式がありました。きれいな布にくるまれたお棺を前にして、150人以上の男性が一斉にお祈りをしているのです。お祈りは10分前後で終ると、あっという間に散会してしまいました。
参列者は全員男性で、女性は一人もいません。女性たちは自宅の家の中で先に葬式のお祈りを済ましているそうです。墓地では、一族を構成する男女が仲良く隣り合わせに、頭をメッカの方角にむけて埋葬されているのに、現世の最後のセレモニーは男女別々だということに、仏教徒の私はある種の物足りなさを感じました。

カシュガル市内の「高台民居」と称するウイグル族の集住地区の見学も、とても興味深い体験でした。
その地区には600戸以上の職人家族が住んでいます。6、7代前から住んでいる家族もあり、そこには煉瓦や粘土でできた築400年以上の家屋もあります。ウイグル男性が着用する花帽子、刺繍、じゅうたん、刀具、陶磁器、編み物など家ごとに家族で伝統的工芸品を作り、即売しています。
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各住居は4、5層になっていて、中間に応接間や台所があり、陽のあたる上層は冬の住居空間、涼しい下層は夏の住居空間になるそうです。門や作業所は便利な中間の2、3層にあります。
ある職人家庭は陶器を制作販売していました。善良そうなおばあさんが作業工程を見せてくれました。いっこうに買っていけとせがまないことに、好感をもちました。民族の知恵がいっぱい詰まった住居だと感心しながらこの集住地区を後にしました。

総勢11人、平均年齢70歳のグループでした(私が最年少)。しかし、だれも下痢もせず、病気にもなりませんでした。日頃健康に留意して、規律のある毎日を送り、好奇心旺盛で、旅の経験も豊富で、よく食べよく歩くという「模範青年」ばかりだからでしょうか。近ごろのヤワな青年たちにこの熟年パワーを見倣ってほしい、と思います。


(会報『中国だい好き』2007年9月29日 60号から転載)
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by zuixihuan | 2007-10-30 22:07 | 会報 | Comments(0)