東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

カテゴリ:昆明便り( 10 )

昆明から

皆さん

 お元気ですか。

 中国は明日が旧暦の5月5日で、端午の節句です。市場では菖蒲と粽が売れています。

 今週は3連休ですので、先週の水曜日から5日間、ベトナムの北部の“沙パ”という町に行って来ました。
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昆明から高速バス8時間でベトナムとの国境の町”河口”に着きます。そこから国境を越え、バスで2時間行ったところが、フランス人が作った高原の避暑地、”沙パ”です。

 河口で1泊し、翌日沙パに移動ですが、雲南省の東南部やベトナムは熱帯地域ですので、国境の町は夜でも汗が出るほど蒸し暑かったです。しかし沙パは昆明と同じ高原ですので、とても爽やかです。

 中国とベトナムの国境には紅河という川が流れており、其処に架かる橋の両側に双方の国の入管手続センターがあり、橋は歩いて渡ります。中国とベトナムを結ぶ高速道路国境は別の場所にあり、人とリヤカーのような人力運搬具だけが通るのんびりした国境です。
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 通貨は、1ドル=100円=6.5元=20,000ベトナムドンで、初めは換算に苦労し、値頃感が判りませんでしたが、結局400元=6,500円=1,280,000ベトナムドンを交換し、280,000ドン余りました。大体中国の田舎都市の旅行より少し物価が安い感じで、大変安上がりでした。
それでも国境のベトナム側の町は旅行者とみると値段をぶっかけてきます。沙パに行くバスも、初め300,000ドンと言っていましたが、別のバスに乗り換えると50,000ドンです。

 国境を超えると、街並みや人の顔つきは中国と大して変わらないのに、中国語は全く通じず片言の英語です。通貨も違うので戸惑いましたが、沙パに着いら、人は穏やかですし、外国人慣れしていましたので、旅行に支障はありませんでした。

 沙パは、フランス人が作った綺麗な街並みで、しかも高原の気候ですので、外国人やハノイからのベトナム人旅行客が多く来ていました。周辺は少数民族の棚田が点在しています。
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 元陽の棚田は、急勾配の山裾に棚田が集中して凄い景色でしたが、沙パの棚田は高低差はありますが裾野が広くなだらかに繋がる棚田です。ベトナム人(少数民族)と中国人(少数民族)の作る棚田は形や広さが違いますので、国民性の違いを感じます。
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 中国の場合、少数民族の隣に裕福な漢族がおり、この格差に悲壮感を感じますが、沙パは回りすべて少数民族で、戸数に対して田が広く耕運機も入っていますので、安心した気分で景色を楽しめます。

 沙パは避暑地ですので特別な観光施設はなく、周辺の少数民族の村や自然を楽しむ場所です。我々も10km、標高差700m位のトレッキングに挑戦しました。幹線道路を外れると田んぼのあぜ道のような山道を歩いたので、足は棒になり、今日も階段を下りるのがつらいくらいです。

 昆明も雨期に入りましたが、今日は雲一つない青空で爽やかな高原の陽気です。端午の節句が過ぎると、授業は後2週間ほどで終わりです。
今年は早く帰って鮎釣りに行こうと思っていますので、7月5日に帰国します。

また、皆さんとお会いできるのが楽しみです。

再見!
2013.6.11
長尾圭介
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by zuixihuan | 2013-06-11 17:59 | 昆明便り | Comments(0)

雲南便り三―(2)

雲南便り三―(2)

 中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか。

昆明は旱魃で少し埃っぽいですが、長閑でのんびりした街です。近頃は、空が俄かに暗くなり雷が鳴って急に雨が降り、10分ほどでまた太陽が出るといった日も有りますが、木の葉の埃を落とした程度で、旱魃対策になりません。東部の菜種産地では花が咲いても実が実らず収穫が3割減、西部のサトウキビは壊滅的、北部の麗江や大理では温暖化で山の雪が少なく、田植えの水が足らないという話です。

 昆明に来て1か月が経ち、少し落ち着いてきました。市内至る所で地下鉄工事と高層マンションを造っています。 地下鉄工事計画は6路線あり、昨年6月末に新空港が開港したときに、空港から市の中心部までの3分1区間の高架部分を開通しましたが、未だ他の区間は開通していません。

 昆明市の中心部は彼方此方で再開発していますが、商業開発を計画している元の空港跡地の「巫家坡」、車で1時間程離れた郊外では、南部の行政・学園街区「呈贡(chenggong)」、西部のリン鉱山と野菜農場、温泉の「安寧」、東部の農場と大規模工業団地「嵩明(songming)経済開発区」は大規模な開発です。特に嵩明経済開発区は自動車の組立部品製造、家具製造、飲食品の製造、容器等包装材の製造、物流拠点等の企業誘致を計画しており、既にインフラは既に整備され、企業誘致やベンチャーの導入を盛んに行っています。

拠点間道路は比較的早く開通していますが、大量輸送機関の地下鉄工事が遅れており、何となく全体の規模が大きいためか、開発スピードが鈍化しているように感じられます。
昆明市役所は「呈贡」に、既に市役所や大学機能を移転していますが、地下鉄工事が遅れており、地価も下がり不便な場所となっています。この区間の地下鉄工事現場で、1月の試運転中に列車が脱線し死傷者が出る事故が発生しています。最近やっと事故原因と開通予定を公表したところで、事故原因は600m毎に設置した防災出口の扉が、設計ミスにより、試運転の風圧で走行中の車両の上に落下したということです。固定方法に問題があったようで、設置した扉全部を撤去し、これから業者を選定して4月末までに設置を完了するとしています。そして、5月20日から顧客を載せて試運転をするそうで、大学の先生の中には2年は乗らないという人もいます。
 
 先日、雲南省で最大の晨農農業集団が「嵩明」で開発しています1000亩(約70万㎡)の有機野菜栽培、観光農園、ホテルレストランの施設を見に行って来ました。
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昨年末には開園すると言っていましたが、全体工事が遅れており、ホテルや配送施設は躯体のままでした。しかし、農場は稼働しており、葉物野菜は一部出荷が始まっています。この農場で福島県の武田さんという若者が、4万㎡程の区画で「武ちゃん」ブランドのトマト栽培に取り組んでおり、当面北京、上海、成都等の日系スーパーへの卸を目指しています。雲南の大学の日本語学科卒業生が2人いましたが、更に3人ほど増やすと言っていました。    
因みに雲南省の野菜の年間生産高は2300万t、400億元の売上げで、内1700万tが省外に輸送され、北京にも650万t送っているそうです。中国の高速道路は何処もガタガタで車のサスペンションも悪く、葉物野菜を長距離輸送すると、着いたらバラバラになっていつこともあるそうでが、「嵩明」は空港まで20分の距離に位置しますので、中国国内、東南アジアへの空輸を目論んで優先開発拠点になっています。

 昨年はマスコミも食品安全と教育問題を頻繁に取り上げていましたが、今年は道路と車、オートバイ、人の交通安全対策をテーマにしているようで、規制を強化し、駐車料金も日中1日5元が25元に値上げしています。主な駐車場は幹線道路以外の一般道路です。集合住宅中庭の駐車場まで波及し、揉めています。
 中国は何処の都市も車が増え、交通事故や駐車場、そして交通マナーの問題が噴出しています。
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昆明も郊外まで都市化が進み、車の台数も相変わらず増加傾向にあります。色の濃い中型セダンが中心ですが、最近は高級SUV車も増え、世界中の車が集まっています。
特に電動自転車とオートバイは法規違反が多いので規制を強化し、無登録や二人乗り、逆走は500元の罰金です。人も幹線道路の中央分離帯の柵を乗り越えて横断する人が多く、常習者は罰金50元だそうです。

 私が住んでいる雲大賓館は若者でにぎわう「文化巷」「文林街」の外れに有ります。相変わらずのにぎわいで小さな衣料品店、雑貨店、飲食店、喫茶店が軒を連ねています。気候が良いのでオープンカフェも沢山あります。この界隈は、お客が入らないと2,3か月で閉める店もあり、入れ替わりが激しいです。借家契約の期間が2年間が一般的だそうで、流行っていると大家が法外な値上げを要求するので仕方なく閉店する店もあります。富岡さんの友達の寸さんも、私の住んでいる雲大賓館の中庭に「新天地」というオープンカフェを先月初めに開店しました。
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また、近くに転貸している店がありますが、1年前は「麦肯劳」というマクドナルドとケンタッキーを捩ったハンバーグ屋でしたが、いつの間にか昆明名物の「米线」(米粉で作った面)屋になり、更に今週末には大理料理の店に変わるそうです。

 今日は「清明節」で、連休です。
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雲南省の火葬率は現在88%だそうで、100%を目指して公共墓地の造営整備を進めています。昆明市も分散して何か所か大きな墓地がありますが、特に東部に「金陵公墓」という大規模な公営墓地があり、この時期になると環状道路と東部に繋がる高速道路は大渋滞です。
昆明市は5年続きの旱魃で、郊外では山火事も頻発していることから、伝統的な墓地での線香や蝋燭、紙銭の焼却、爆竹が禁止され、代わりに生花やパソコンを持って行って音楽を供えることを奨励しています。
 私も休日ですのでバスを乗り継いで郊外の五百羅漢が有る「筇竹寺」に行ってみました。寺は家族連れがいる程度で閑散としていましたが、道は途中から枝分かれして山頂の「乙案山公墓」につながるので、車は渋滞し、5、6kmの山道を歩いて登る人が大勢いました。

丁度この時期は季節の変わり目で、木々の新芽も出そろいました。清明節前のお茶は「明前茶」と呼ばれ、香りと甘みがあり一番美味しいとされています。5月の終り頃から雨期になりますので、清明節から雨期までのお茶は「雨前茶」と呼ばれます。
 中国に来て1か月程は体を慣らすということもあり、余り遠出をしたいと思いませんでしたが、そろそろ高地慣れしましたので何処か違うところも見たいと思っています。
中国だい好きの皆さん、日本の春を大いに楽しんで下さい。

 再見!
2013.4,4
長尾圭介
 
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by zuixihuan | 2013-04-07 21:44 | 昆明便り | Comments(0)

雲南便り三―(1)

雲南便り三―(1)

中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか?

 私は昆明に来て10日目、学校が始まって1週間が経ちました。東京は未だ寒いことと思いますが、昆明は日中25度もあり初夏の陽気です。しかし、夜の気温が8度程度と寒く、昼はシャツ、夕方はセーターと着るもの調整が大変です。今日は曇りで気温が一向に上がらず、もしかしたら最高気温が10度止まりかもしれません。防寒用の上着を出しました。

北京ではPM2,5の汚染に加えて黄砂一番が吹いたそうです。空が灰白から土黄に変わっているそうです。昆明は2か月雨が降ってなく、少しほこりっぽいですが、夜は星がよく見えます。しかし、3年続きの干ばつのようで、3月から一部断水が始まっています。

 昆明に来て最初にやることは、先ず銀行に行って両替し、そして大学に行って入学手続をすることです。ビザは旅行用のザなし渡航をしていますので、申請は期限切れのギリギリに行います。
 手続きが終わると一安心ですので、次に新しい市内地図と「公交線路」(市内バスの路線案内冊子)を買い、近くのバス停と主要な行先、路線を確認します。
今、雲南桜と花海棠が満開です。今回は授業が始まるまで余裕がありましたので花見をして回ることにしました。
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 最初に行きましたのは、牡丹が咲いているという市中心から東に5、6km離れた「昙华寺(tanhuasi)タンフアース」公園です。バスを乗り継いで50分程度です。昆明市の中心部は再開発が進み昔の面影が残っていないといわれていますが、郊外は未だレンガ造りの家が多く、昔ながらの埃っぽい街並みがあります。

 土曜日でしたので家族連れが多いかと思いましたが、老人の憩いの場という感じで、物静かなところでした。牡丹の花は鉢植えで、気候が温かいせいか花が小さく、西安やの洛陽の牡丹とは比べようがありません。園内では丁度白族の踊りをやっていました。
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  雲南桜や花海棠は2、3部咲きですが木瓜が満開です。ちなみに中国では花のボケ、カリン、そしてパパイヤをまとめて「木瓜」といいます。

 宿舎近くの花の名所は雲南大学と理工大学の花海棠、圓通寺の雲南桜です。いずれもピンクがかった花が満開でしたが、通りがかりの人が多く、わざわざ見に来る人は少ないようです。これも、昆明は1年中ブーゲンビリアンが咲いているようなところですので、日本や中国北西部の人に比べて花を待ち望んでいたというところがなく、どちらかといえば綺麗なものは好きだけれどという程度で、少し物足りないものを感じます。
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翠湖公園に行って見ましたら、丁度ユリカモメが沢山来ています。3月末頃には北に帰るようです。此処は人通りも多く音楽や踊りなどで大変賑やかです。
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 大学の開講は、昨年は2月14日、一昨年は3月1日、そして今年は2月25日です。春節の時期によって変わります。クラスは今のところ7人で、韓国人、アメリカ人、香港系のフランス人、ウクライナ人、イタリア人、ドイツ人と国際的です。昨年はベトナム、タイ、ラオス、ミャンマー等のアジア勢が多かったのですが、今年は韓国と欧米系が多いです。毎年傾向が変わるのが面白いですが、もしかしたら孔子奨学金の枠が小さくなったからかもしれません。

 今のところ宿舎は雲南大学西門の道路を隔てた場所にある雲大賓館です。毎年値上がりをしており、一昨年は70元、昨年は120元で、今年は180元だと友達が言っていましたが、私は昨年料金にしてもらっています。バスで2、30分のところで、50㎡程度の1LDK賃貸アパートが月1200~1600元程度だそうですので、引っ越しも検討しています。

 雲大賓館は通称「外人街」と言われている文化巷(「巷」は路地、横町と言った意味合いです)のはずれにあり、小さな食堂やブティック等が路の両側に並んでいる処です。そして珈琲店やバーが沢山ある文林街にも繋がっており、食い物には困りません。しかし、嗜好が段々偏ってきます。朝食はフレンチカフェで買ったパンと果物、昼は麺類が中心です。一番困るのは夜です。中華料理屋は仲間と行くのには良いですが、一人の時には定食や丼ぶり物がありませんので、つい日本料理や韓国料理、そして珈琲店で済ませることが多くなります。珈琲店は欧米人の客が多いのでサンドイッチ、ピザ、パスタが本格的で大変おいしいです。かつ丼、三色丼、オムライスを置いている店もあります。一応日本料理屋1軒、韓国料理屋2軒、珈琲店4軒には挨拶済みです。何処も料金は昨年並みですので安心しました。

雲南大学の構内の図書館1階に、富岡さんに紹介してもらった白族の寸助教授の弟さん夫婦が「陽光」という珈琲店を経営しています。従業員も大理出身の白族ばかりですので昼と夜は皆で食事をしており、私も時々仲間に入れてもらっています。白族の人通しの話は、方言が強く全く判りません。
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 雲南大学の日本人語学留学生は一昨年20人、昨年10人でしたが今のところ3人しか会っていません。昆明市で働く日本人も少なくなっているようですが、イトーヨーカ堂が進出してくるという話もあり、商機は拡大しています。

 日本を出発したころは梅が未だ2、3部咲でしたが、もう直ぐ桃や桜が咲くことと思いますので、出来るだけ外に出て良い空気を吸ってください。
先ずは来たばかりの第一報ということで此方の様子をお知らせします。落ち着きましたら、また詳しい情報をお送りします。

再見!
2013年3月2日
長尾圭介
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by zuixihuan | 2013-03-06 08:02 | 昆明便り | Comments(0)

昆明便り2-(4)

昆明便り2-(4)

中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか。

昆明は最高気温28度で夏日です。今年も旱魃が続いていて、ついに17日から昆明市も地区別に断水を始めました。そして我々の賓館も今朝から明後日の昼まで断水ということになっていますが、今のところは水が出ます。そろそろ雨季になるのですが、未だその気配がありません。

b0098096_8533856.jpg授業は最近中弛みの感じで、19人いたクラスも半数くらいになっています。

 昆明の最近の話題といえば、やっと新空港の様子が小出しに報道されるようになりました。新しい空港は、昆明市の東北25kmに位置し、「昆明長水国際空港」と名付けられ、6月28日午前8時に開港することとなりました。中国第4のハブ空港を目指しているということで、日本の5空港との直行便も運航されるという話もあります。

 しかし、市中心から新空港までの3分の2程度の距離に在る東部バスターミナルから新空港までしか地下鉄は開通されず、3路線のシャトルバスで結ぶそうです。新空港は市内地図からはみ出しており、高速道路もどの様に走っているのか良く判りません。とにかく、空港機能を1晩で移転し、地下鉄やシャトルバスも28日から運行するということで、暫くは様子を見る必要がありそうです。尚、今建設中の地下鉄6路線の全面開通は6年後ということです。

 中国に居ますと、実に中国らしい色々なニュースに出会います。例えば高層ビル火災対策として、ロケット弾を改良して中に消火剤を装填して打ち込むという実験に成功したという話にはビックリしました。北京のホテルでは火災報知機とスプリンクラーが付いているのに、何故か部屋に二組の酸素ボンベが置いてありました。また昆明の友達の高層マンションは、廊下にはスプリンクラーが付いているのですが、部屋には火災報知機もスプリンクラーも付いていません。煉瓦と土で家を作っていた中国では、火災に対する考え方が日本とは違うようです。

食品に係わる発癌物質や有毒物質の話題は尽きる事がありませ。ベルトやバックの皮の切れ端や腐ったような動物の皮を使って胶囊(jiaonang:薬のカプセル)を作りそれを大手の製薬会社が使っているとか、着色剤を溶かした水で栽培した苺とか、牛乳やリプトン紅茶から有害物質が発見されたとか、入れ替わり立ち代わり報道されています。

3月以来未だに引き続いて報道されている話題に「地沟油(下水油)」があります。2年ほど前、河南省で下水から油を回収して再製し、市中に安く出回るということで、西安でも油を多く使う四川料理などの安い店には行くなという話がでていました。

どうもその後油を下水に捨てることは少なくなったようですが、今話題になっているのは、飲食店などで出てくる廃油や残飯の処理問題です。行政が回収業者を指定して、排出する方も引き受ける方も記録を付けることを義務付けたが、費用を誰が持つか、また最終処理を如何するかが曖昧なままであった為に、再生業者が再生油を大手業者にまで流し、市中に大量に出回って、未だ根本的な決着がついていないようです。

昨年3月ごろ重慶で大規模な廃棄油再製の「地沟油」が摘発され、9月に14省の連絡機構が作られたが、その後安徽、上海、江蘇、重慶、浙江、山東で動物の内臓や死んだ豚を使った「地沟油」が摘発されています。最近は植物油と動物油を混合した油や工業用の豚油や魚油が「地沟油」として食用に市中に大量に出回るという事件が相次いで発生しています。

b0098096_849496.jpg昆明市では、市内の飲食業者に「散装油(小分け販売の油)」の購入を禁止し、出所のはっきりしている桶詰めか瓶詰めの油の購入使用を義務付けました。市内に5万以上の飲食店があり、その内2.8万を調べた結果、32%の飲食店は出所のはっきりしない油を使っていることが判っています。市は廃油、残飯の搬出の記録を義務付けるだけでなく、各飲食店主に「地沟油」を使わないという誓約書を書かせ、店内に貼り付けさせていますが、小さな飲食店については未だ決着がついていないようです。

b0098096_852894.jpg昆明市内は名所旧跡が少なく、美味しい食べ物屋を探すぐらいで、西安ほど彼方此方に行きません。それでもぶらぶら歩いていると思い掛けない場所に行き当たります。その一つが「灵光街(lingguangjie:通称泥棒市場)で、清末民初の古い街区です。






b0098096_8525954.jpg宿舎から歩いて20分位で、円通寺を通り過ぎ、盘龙江という川と最近ファッションストリートになっている青年路を跨ぐ円通大橋の上から見ることができます。歩いても3分位の狭く短い通りですが、骨董品やブランド品など品数は少ないが雑多な品物を並べています。ここ数年は警察の取締りが厳しく、余り盗品は無いようですが、10年ほど前は公然と盗品を扱っていたそうで、目利きには面白い場所だったそうです。昆明市内の古い建物は5年ほど前に殆ど取り壊されたそうで、今も人の住んでいる街区は此処だけかもしれません。正義路の西側に古い建物が残っていたのですが、再開発のショッピングモールに繋げるためか、今此処も古い景観の新しい建物に建て替えられています。

先日日本人と昆明市では見るところはせいぜい500羅漢のある筇竹寺(qiongzhusi)くらいだという話をしていましたら、「金殿」の話が出てきました。場所は昆明市東北15kmくらいの、以前世界花博が開催された地域の一番奥まった処です。中国では風景地や名勝地と名の付く場所が沢山有りますが、中国人の団体客が多く、私は余り好きではありません。しかし、明末清初の呉三桂が作った金殿(銅製の建物、作った当初は金色だったのでそう呼ばれているそうです。)があり、また、明の永楽年間に作られた中国で2番目に多きいい釣鐘があると聞きましたので、一寸見に行って来ました。

b0098096_8493192.jpg宿舎近くの雲南師範大学前からバスに乗り約30分で終着の金殿に着きます。 100段ほどの石段を登ると山頂で金殿とその奥に鐘楼があります。平西王呉三桂は李自成や鄭成功等と共に明末に清朝との間で覇権を争った地方豪族の1人ですが、1代で清朝に平圧されています。この頃の話は金庸が小説「鹿鼎記」に書いていますので読んで見て下さい。山全体を景勝地として整備してありますので、半日の散歩コースとしては先ず先ずの処です。

今回の中国も後1ヵ月半になって来ました。来るときには上海で濃霧の為に1日足止めをくいましたが、帰るときは新空港からですので、一寸心配しています。7月には帰国しますので、また皆さんにお会いできることを楽しみにしています。

再見!

2012.5.22
長尾圭介


 
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by zuixihuan | 2012-05-25 08:47 | 昆明便り | Comments(7)

昆明便り2-(3)

昆明便り2-(3)

中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか。

中国も5月1日のメーデーで連休です。数年前は1週間程度の黄金周でしたが、今年は通常の祭日程度の休みで、一般的には28日の土曜日と30日の月曜日を振り替えて3連休です。私共は、4月4日の清明節に授業を行いましたので、30日の月曜日と振り替えて4連休です。数年前は各地の行楽地に人が集中して大混雑となりましたが、今は分散しているようです。また各都市でモーターショーを行っており、都市内イベントも多く、行楽地は少し混む程度のようです。近くの翠湖公園も数箇所のステージで少数民族の歌や踊りをやっていました。但し、北京の天安門、故宮等は大変な人出のようです。

雲南省は、政府の西北部開発の一環として、ベトナム・ラオス・ミャンマーと接する高速道路網の整備、昆明市の空港移転と5路線の地下鉄工事計画が進んでおり、急速な都市化が進んでいます。今の空港は市の中心から10km弱のところに有り大変便利でしたが、市の東部30kmへ今年の6月移転することになっています。また、これに併せて地下鉄も一部開通するということですが、余り広報が無く、中国人に聞いても様子がよく判りません。

昆明市は中心部から半径3kmの一環、5kmの二環、10~15kmの三環の3本の環状道路にドーナツ状に囲まれた街で、商業地は開発に伴い分散していて中心部がはっきりしません。住宅地は中心部から北西に一寸寄った雲南大学の側の翠湖公園周りが高級住宅地で、建物価格は20,000元(約26万円)/㎡、二環の内側で9,000元(約12万円)/㎡、三環の内側で7,000元(約10万円)/㎡程度で、今も盛んに開発されています。車はヨーロッパ、日本、韓国、アメリカと各国の車が市内を走り回っており、経済的には活気がありますが、少数民族や農村部との格差は開く一方のようです。

最近新聞に、昆明駅で夜間三環の外に行く客を乗車拒否するタクシーが多く、乗車拒否する7箇所程の“黒名単”(ブラックリスト)が出来ているという記事が載っていました。これ等の地域は、治安が悪いか、開発に伴い外部から民工が多く入っているとか、道が悪くユーターンが出来ないとかの問題が有るようです。昆明市内の治安は悪く有りませんが、少し郊外に行くと未だ問題があるようです。

また、旱魃で煙草の投げ捨てによる山火事が多く、山道を走る車は検問で全て記録され、火事が発生すると発生場所の近くを走っていた車の運転手は全て警察に1ヶ月ほど拘束されるということで、一般の車も郊外の山道を走ることを嫌っています。

連休ですので、1泊2日で、昆明市の西北約250kmの“黒井”に小旅行をしてきました。今年のおじさん留学生は旅行好きな人が少なく、今回は一人旅です。

b0098096_12243268.jpg黒井は、彝族(イ族)が2500年ほど前に塩井戸を開削したといわれており、1000年以上の交易の歴史があります。雲南省北部やチベットにも有る、井戸を掘り塩水を汲み上げ、塩田で沈殿させ、薪で乾燥させて塩を作っていたようです。雲南省全体の納税額の内、明朝では67%、清朝では50%をこの黒井で精製した塩で賄っていたということですが、解放後燃やす木材が無くなり、また海外の安い塩が入って来て、急激に衰退し、現在は観光程度の塩作りしかしていません。

b0098096_12232818.jpg黒井駅は、成昆鉄道(四川省の成都と雲南省の昆明を結ぶ鉄道)の昆明寄り4分の1程度の位置にありますが、四川省の“攀技花”までの1日1本の鈍行列車しかありません。途中駅が21あり、片道6時間かかります。前々日宿舎の近くの場外切符売り場で行きの乗車券は確保してあります。片道12元です。
7時30分発の列車に乗り込んでビックリしました。座席指定の9号車は、列車内の窓側に40cm幅の板を横一列にした席があるだけです。指定された場所にすわっていますと昆明からの行商帰りの人が大勢空の籠をもって入ってきます。観光客らしき人は殆どいません。指定座席数は50席ですが定員は118人と書いてあります。隣の車両は方側3席、もう片側2席で16列程の座席が有り、少し古いが中国の一般的な車両です。鈍行列車ですので軟席(二等車)はありません。昆明で乗った行商らしき人たちは途中の10駅ほどで殆ど降り、代わりにまた新たな荷物を持った行商らしき人たちが乗り込んできます。
何とも長閑な列車があるものだと、暫くは乗ってくる人の様子を興味津々で見ていましたが、3時間ほど経つと流石に尻が痛くなり、隣の一般的な車両に席を替えてもらいました。

成昆鉄道は、トンネルと橋が多いので有名ですが、黒井に着くまで、大体50程のトンネルを通ったと思います。余り大きな山ではありませんが、山の中腹に鉄道を通しており、車窓は谷底に川が流れて、緩やかな棚田が広がっています。昆明に近い場所では、麦と菜種の収穫時期のようで、畑では盛んに取り入れ、脱穀、次の作物を植えるための田起しを行っていました。今は乾季ですので、雨季になってから植えることと思います。黒井に近づくと、ビニール栽培や田植えを始めています、この辺りは水があるようです。
成昆鉄道は単線ですので、列車は各駅で急行や貨物列車待ちを5分~10分程度しますので、長閑さを通り越して飽きて来ます。しかも1時間遅れで黒井到着です。

b0098096_12214899.jpg黒井に到着してまたビックリでした。駅の周りには駅舎以外の建物が全く無く、勿論タクシーもいません。駅からの細い坂道を降りた鉄橋下に、5、6台の馬車と2,3台の車が待っていました。途中駅もそうでしたが、駅は山の中腹にあり、街から離れています。仕方なく、人のよさそうなおばさんが客集めをしている馬車に乗ることにしました。運賃は3元です。駅を降りた人は30人程度で、迎えの車に乗る人や歩く人もいますが、我々にとっては馬車が唯一の交通手段です。

茶馬古道の出発点の一つである“易武”というところに行ったことが有りますが、其処はバスは通っていますが、タクシーは1台もありませんでした。それでも道路は広く、街の人は車を持っていました。黒井は山の中ですので、車の数が少なく、列車と馬車の交通手段で足りているようです。
黒井の街に近づくと、道は石畳になりました。黒井は雲南省の歴史文化名鎮に指定されており、古い街並みを保存していました。乗った馬車の馬方が客栈(民宿)をやっているということで、其処に停まることとしました。1泊30元です。

b0098096_1221815.jpg観光客は少ないですが、街は寂れた感じは無く、人の表情は穏やかで、着ている服も清楚です。農村部とはまた違った雰囲気です。また馬車に乗って古盐坊(製塩工場跡) 大龙祠(明朝創建の古戦台と氏神祠)武家大院(清朝の塩商人屋敷)を見てまわりました。拝観料は併せて30元、馬車代20元です。観光客が少なく、馬方は専用ガイドです。

b0098096_12202176.jpg実に長閑で、ノンビリした旅が出来ました。帰りの列車は、前売り指定券が買えなかったので、乗客が多いからかと思っていましたが、切符は全て車両指定の無席(自由席)です。ホームで列車を待っていましたら、来たときと同じ車掌の姿が見えましたので10号車に乗り込みました。車掌は週3往復6日働いて1日休みの勤務体制だそうです。私は半分乗っただけで疲れましたが、列車乗務員も大変です。
例の板張り座席の9号車を覗いて見ましたら、通路に行商商品を並べて社内販売をやっています。私も葡萄を1公斤(1kg)買いました。中々の賑わいです。来るときと同じ様に行商らしき人は途中駅で降り、昆明まで行った人は数人だけでした。

思いつきで旅行しましたが、決して豊かだとは思いませんが、雲南の長閑で穏やかな生活の一部を垣間見ることができ、良い休日でした。      
日本も行楽シーズンになっていると思いますが、中国だい好きの皆さんも思いっきり楽しんで下さい。

再見!
2012年5月1日
長尾圭介
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by zuixihuan | 2012-05-11 12:13 | 昆明便り | Comments(0)

昆明だより2-(2)


昆明だより2-(2)

中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか。

 昆明は先々週から日中の気温が24、5度になり、半袖の人が多くなりました。それでも朝夕は寒く、薄いコートを着た人もいます。

 今週中間テストがありました。5月1日がメーデーですので少し前倒しですが、アッと言う間に今期も半分終わったということです。我々のクラスの在籍者は19人ですが、総合の試験を受けたのは7割程度で、閲読写作や听说は更に少なく5、6人程です。私も復習のつもりで受けましたが、听力は早くて中々付いていけません。

b0098096_21265423.jpg 昆明ではブーゲンビリアンやハイビスカスは一年中咲いていますが、冬は花数が少なく、4月初めから少しずつ増え、6月頃が盛りとなります。翠湖公園も柳や竹の緑が目立ち、色が有るのは花壇のパンジーくらいでしたが、先週からジャガランダの花が咲き始め、華やいできました。

b0098096_21292379.jpg陽気が変わったせいか、週末になると人出が多くなり、至るところで、少数民族の踊り有り、吹奏楽団有り、小学生のダンス有り、太鼓チーム有りで大変な賑わいとなっています。私も宿舎から歩いて5、6分で公園の北側に行けますので、週末の散歩コースとしており、公園を一回りするのも楽しみです。

b0098096_2130780.jpg公園北側から東北位地に有る門までの湖畔沿いの50m程の細道は、両側に数百人分の結婚情報の張り1がぶら下り、通行も出来ないくらい混雑しています。本人より親が一生懸命良縁を求めているようで、その場には若い人は余りいません。張り紙を覗いて見ると、年齢も20代から60代まであり、学歴は小卒から大卒まで、月収は900元から6000元と実に様々です。学歴と月収が比例していないのも面白いです。また、月収に男女の差が無い気がします。希望する相手の月収は大体空欄ですが、親との同居を希望する人も大勢います。

b0098096_2131719.jpg昆明の街は今地下鉄工事をやっており、今年の春開通という話でしたが、まだ1、2年かかりそうです。都市化が進み、100年ほど経つ古い街並みや建物は5年ほど前に殆ど取り壊してしまい、今は空地か近代的な建物が建っているかです。昆明の南側に位置し、東西の「南屏街」という通りと南北の「正義路」という通りが交わるT字形の道筋が昆明一の繁華街です。歩行者天国の「正義路」の両側はショッピングモールになっており、百貨店やブランドショップや各国の飲食店が軒を連ねています。ユニクロや無印良品もあり、日本食の店も4軒ほどあります。その西側の一角に昆明の中心部で唯一残った100年前の古い家並みがありましたが、最近古い建物を壊し、新たに昔風の造りで建て直しをしていました。中国の古い街は何所も昔風の新しい建物に建て変わっています。どうも興ざめです。

b0098096_21315492.jpg前号で「文化巷」という宿の近くの路地が、週末の夜になると道に商品を並べる「地摊」や車のトランクに商品を並べて売る「车摊」で大変な賑わいになるとお伝えしましたが、昨日金曜日に突然警察が歩道と車道の間に柵を設置しました。どうも警察と販売者とが追い駆けっこをしていたようです。互いに様子を見ているようで、それでも土曜日の今夜は、道には40件ほど風呂敷程度かハンガー1本といった量の商品を40軒ほど並べていました。柵の前には流石に車を止めていませんが、柵の歩道側はバイクで一杯になり、柵の無いところにはここぞとばかり、車がとまっています。深夜にはどうなるかですが、まだ見ていません。

雲南省は農業省ですので、南部でブリジストンがゴム農園に出資しているとか、またキイーコーヒーが珈琲園をつくっているという話は聞きますが、日本のメーカーが進出している話は余り聞きません。日本人会は飲食店のオーナーが中心です。その中で、私が知って日本の合弁会社は、カゴメが香菜を作り乾燥させて日本に輸出している話と洋蘭を作っている日本の合弁会社があるという話くらいです。

b0098096_21331347.jpg港を持たない雲南省で、日本企業がどの様に原材料や商品を取り扱っているのか興味があり、4月初めに、昆明市の東北50kmの嵩明県にある日本・アメリカ・中国3国の合弁会社の桜間総経理(社長)を訪ねて、農場を見に行って来ました。

b0098096_2135570.jpg中国では、都市部は通り名と番地が判れば大体辿り着けますが、郊外や農村部では案内か迎えがないと目的地に行けません。そこで、昆明で日本語学校をやっている白石さんとその旦那の劉さんを誘い車で一緒に行くことにし、高速を降りたところで、桜間社長の片腕の雲南師師範大学日本語学科卒業の於(yu)さんに迎えに来てもらうこととしました。

b0098096_21341287.jpgこの農場は、徳島の蘭生産会社とアメリカの会社そして雲南省投資公司の合資会社で2005年に設立し、資本金2千万元(約2億6千万円)で、農場規模は160亩(約10万㎡)あります。此処は、100~200亩規模の農場が10軒ほど集まる広大な農業団地の一角です。

シンビジュームが主力商品で年間6万鉢生産して、出荷先は中国国内の北京・広州・上海等の主要都市だそうで、出荷価格は大体1鉢200元(2千5百円程度)前後だそうです。徳島でバイオ栽培して5,6cm程になった苗をプラスチック容器に入れて空輸し、この農場で2年かけ4回植え替えをして開花時期の11月頃に出荷するそうです。30品種ほどあり、新品種が2、3含まれているそうです。

超近代的な工場で、ハウスは日光調節、温度調節が出来、苗床には地上から立ち上がったスプリンクラーが設置してありました。各工場で浄水設備を持っており飲めるくらいの水質と言っていましたが、この時期の昆明は旱魃で、水が来なくなることが一番の心配だと言っていました。

出荷は順調で、既に売れた半年目の苗もあり、青田売りもかなり盛んなようです。中国の洋蘭市場は富裕層の拡大で急速に伸びており、山東省でも生産しているようですが、雲南省が60%のシェアーを持っています。この農場の強みは、日本のバイオ技術を使って、中国人が好きな赤やピンク系を中心とした新品種を開発し、他社に無い競争力を持つことに有るようです。日本の企業も頑張っています。しかし、この時期は花が無く、見られなくて少し残念でした。

中国だい好きの皆さん
雲南の棚田や茶畑も面白かったですが、近代的な農場も中々面白いですよ。日本にも沢山あると思いますので、機会が有れば是非見学してください。
私も後3ヶ月、また何か面白いことを見つけましたらご報告します。

再見!
2012年4月21日
長尾圭介
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by zuixihuan | 2012-04-22 21:37 | 昆明便り | Comments(0)

昆明便り2-(1)

昆明便り2-(1)

中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか。

b0098096_5465541.jpg 私は、昆明に来てもうすぐ1ヶ月になります。
昨年とほぼ同じ時期に来たのですが、雲南大学は既に2月13日に授業が始まっていました。今年は春節が早かったのと、やはり南国だからだと思います。早く始まった分早く終わるようです。

b0098096_5472682.jpg 今の季節の中国は、東北部や北西部の最低気温は未だマイナスですが、北京や西安等の内陸部も段々暖かくなってきています。昆明は8度~23度の気温で、東京の5月初旬の陽気です。半月ほど前は朝夕寒い日があり、促成の湯たんぽが必要でした。中国の南東部は雨が良く降っていますが、雲南省は旱魃で、特に昆明の北西部の保山県辺りが酷いようです。雨は3月初めに二日ほど降っただけですので昆明でも断水の心配をしています。
来た頃は海棠、桐、藤、雲南桜が満開でしたが、花は既に散り、今は雲南桜のさくらんぼが赤く色づき始めています。翠湖公園も緑の中に八重桜とツツジが少し咲いているだけですので、色が無くて少し寂しい感じがしますが、銀杏と柳の緑が鮮やかになって来ています。4月になるとハイビスカス等の南国の花が咲いて華やかになりますので、楽しみです。

 雲南大学の留学生は、半年前と比べて日本人、韓国人、欧米人が少なくなり、ベトナム、ラオス、タイ、バングラデッシュ、ミャンマー等のアジア勢が増え、更にロシアや旧東欧が加わった感じです。我々のクラスは19人ですが、ベトナム7人、タイ4人、ラオス2人、イラン1人、ポーランド1人、ロシア1人、韓国1人そして日本人は私を含めて2人です。もう1人の日本人は中央大学の交換留学生です。
昨年の語学生は日本人が13~4人居ましたが、今年は語学生5人、本科生5人です。私の知って居る人は1人だけでした。

 2週間遅れて参加したのと、クラスをランクアップしたので、授業に付いて行くのが大変です。一杯忘れている上に更に新しい単語や構文が出てきますので、毎日辞書を引いています。その為に未だ歩いていける範囲しか出かけていません。

 b0098096_5414688.jpg昆明も半年の間に物価が値上がりし、果物等も5割くらい上がった感じがします。私が住んでいる雲大賓館も、昨年は1日70元でしたが今年は120元になっています。そこで、貸しマンションを探しましたが、値段は安いが古くて家具も電気製品も無かったり、場所が遠かったりして、中国の貸家の最低の契約期間が半年だそうですので、探すのが面倒くさくもなり、結局住み慣れた此処にしました。雲大賓館は雲南大学の西門の道路を隔てた反対側に有ります。我々の留学生会館は構内を東南に向かって突っ切り、南側の正門を出て500m位のところにあります。歩いて15分ほどです。

 昆明の道は、曲りくねっており、太くなったり細くなったりして、来た当初は迷子になりかけました。細い道は「巷」、一般的な道は「街」、幹線道路は「路」という名前が付いており、慣れると抜け道や近道が判りなかなか面白いです。

b0098096_5425430.jpg雲大賓館は一二一大街という北側の大きな道から東に曲がって10m位の処にあります。この道は20m程行くと右に曲がり、また50m程行くと左に折れ、300m程行くと街区の南側になる文林街に接しています。この間の通りは「文化巷」といって中々賑やかで若者が集まる面白いところです。 

 b0098096_5432898.jpg50m程の区間は車2台がやっと通れる道幅しか有りません。また他の通りの広いところでも常に両側に車が駐車していますので、夕方の5時位になるとラッシュとなり、互いに譲り会わないので、車が詰まって動けなくなります。これも日常風景です。一方通行にすれば良いのにと思いますが、この道の両端にそれぞれ顔役が居て譲らないという話です。

 雲大賓館の前は大学関連の建物ですので比較的静かですが、直線300mの通りは、間口2間くらいの店150軒位連なっていますので大変賑やかです。飲食店が4割、衣料品店が3割、雑貨小物が3割といった感じで、日本食は「和民」が2軒、韓国料理が5,6軒、インド・タイ料理は4,5軒あり、勿論中華料理もありますので、食事には困りません。

b0098096_5403590.jpg この通りの文林街(南側)に近いところに、アメリカ人やフランス人がオーナーのオープンカフェが5軒程あります。何時も欧米人が溜まっていますので、この通りは別名「洋人街」とも呼ばれています。これらの店はパンが美味しく、モーニングサービスもやっています。パン、ピザ、スパゲッティーの味は日本と遜色ありません。日本食と韓国料理は中国人が作っていますので、今一です。それでも時々和民のカツ丼や牛丼を食べにいきます。

b0098096_5445752.jpg 昆明のカフェーは朝9時に開きますが、人が集まるのは午後2時頃からです。午後3時頃になると直線300mの通りの両側の歩道の地面に、一斉にアクセサリーやサンダル等を並べた店が開きます。暗くなる8時前にはまた一斉にいなくなります。またトランク側を歩道に向けて車販売を始める車もあります。

 b0098096_5453380.jpgそして夜の9時頃になると車が更に集まって来て、道に直角に止め始めます。歩道側にトランクを向けていた車は向きを替えます。10時になると、ハンガーラックを道に出して衣料品を吊るし、車のボンネットやトランクにアクセサリー等の小物を並べ始めます。道の中程を車1台が通れるくらい開けていますが、道全体が歩行者天国みたいに賑やかになります。露天は一応警察が規制しているそうですが、10時を過ぎると警官が居なくなり、自由天国になるようです。所々で場所争いをしているようですが、それでも何となくルールがあるようです。
 
 平日の夜も車販売の露店をやっていますが、土日は所狭しと集まり、夜中の2時頃までやっています。売り手も買い手も殆どが若者で、品揃えもアルバイト程度としか思えません。車だけでも200~300台位集まります。定職に着かない若者が多いのか、学生がアルバイトとしてやっているのか、会社員が土日の副業としてやっているのかよく判りませんが、昨年も少しやっていましたが此処まで賑やかになっているとは思いませんでした。半年の間に新たな街文化が出来た感じがします。

 私は、昨年までは中国に来たら街の雰囲気や市場の商品等に興味津々でしたが、今回は何となく慣れて動きが鈍くなった感じがしています。もう少ししたらまた出歩こうと思っていますので、面白いことがありましたら、またご報告します。

 日本も陽気が良くなりますので、皆さんも大いに出歩いてください。

再見!

2012年3月18日
長尾圭介
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by zuixihuan | 2012-03-30 05:39 | 昆明便り | Comments(1)

昆明便り(3)

昆明便り(3)
・・・西双版纳の腌酸鱼と古树茶・・



中国だい好きの皆さん:
お元気ですか。

 昆明は朝晩半袖で過ごせる様な爽やかな陽気になりましたが、雨季に入った様で、晴れていても、一日1回急に雨雲が出てきて、スコールのような雨が降ります。昆明に来て3ヶ月が経ち、雲南が段々面白くなってきました。

 雲南は夫々の都市や町や村が地勢、気候、民族、風土等が違います。また、少数民族だけでも25の民族が住んでいますので、名前や違いをおぼえるだけでも大変です。私は昨年北方の香格里拉、丽江、大理を旅行しましたが、今年は3月に東方の罗平の菜の花畑を、4月に南方の元阳に棚田を見に行き、5月のゴールデンウイークは西方の凤庆と沧源に行きました。

 今回は端午の節句(6月6日)の連休を利用し、北海道ご出身で昆明在住5年の雲南師範大学日本語学科の田保先生ご夫妻と西安交通大学以来の老朋友新城さんと一緒に5泊6日で南西方のラオス、ベトナム、ミャンマーに国境を接する西双版纳に行って来ました。雲南の旅行は行く先々が博物館のようで変化に富んでいますが、私に取って今までは何となく総花的で取っ付き難い感じがしていました。今回の旅行は市場と茶畑、具体的には腌酸鱼(日本の熟れ鮨に似た傣族が作る米に漬けて発酵させた魚)と野生種の茶畑と古代木そして普洱茶(プーアール茶)を作っている所を見に行くことにしました。行き先は景洪市(西双版纳)を拠点に、面白い市場がある二つの町と、茶の生産地として知られている3箇所の山です。

 昆明から景洪までは575km、行きは飛行機で50分です。

景洪市はシーサンバンナタイ族自治州最大の街で澜沧江(メコン川の上流)の西に広がっています。ホテルにチェックインして食事をしたら直ぐに出発です。空港から乗ったタクシーの運転手が人のよさそうな傣族でしたので半日チャーターすることとしました。チャーター料は200元です。

 景洪の東約30kmに基诺山(ジノー山)がありますが。中国古六大茶山の一つで中国少数民族最小(2万人程)のジノー族が住む地域です。山裾の田んぼや茶畑は傣族で、ジノー族は中腹から上で茶畑を作っているようです。
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ジノー山茶畑

古くは攸乐山•攸乐族(youlezu)と呼ばれたようですが、現在はお茶のブランドとして基诺山・攸乐山が共に使われています。ジノー族は民族文字や姓を持たない原始的な社会生活をしていたようで、お茶の作り方を教えたのは、清代の漢族だそうです。お茶の樹は自生していたようで、山の奥には千年木が有るそうです。村をそのまま囲い込んだような景区があり、民族衣装や暮らしぶりを見ることが出来ます。
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ジノー族と一行四人

 運転手に言って、近くのお茶の工場を案内してもらいました。工場は3種類の品質の違う普洱茶を日干ししており、内モンゴルに出荷するという砖茶(煉瓦状に固めたお茶)を作っていました。また、1回分の小さい沱茶(丸く固めたお茶で大きさは様々)を販売用の箱に詰めている所でした。
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ジノー山煉瓦茶

 お茶の本を読んでいても作業工程の言葉の意味が判らず、種類も数千種あるといわれており、混乱混同していましたが、今回の旅で工程や道具等を知ることが出来、大まかなことが少し判りました。

普洱茶(プーアール茶)の初めの工程は緑茶と同じで、処理が終わった茶葉に微生物が自然に付着するようです。古代、茶馬古道を通ってチベット、モンゴルや歴代の都があった中原地域に運ぶ途中で更に熟成し、美味しいお茶になったようです。茶葉に付いた微生物は生きており、年数が経てば経つほど熟成が進み、値段も高くなるようです。昆明の街中のお茶屋さんでも産地をブランド名にして生産工場と生産年月を商品に表示しています。お茶が生きていますので、保管場所が問題です。雲南のお茶の産地は、北は大理から南は西双版纳に広がっていますが、主産地は南の澜沧江(メコン川の上流)の両岸地域のようで、普洱茶の名前が付いた普洱市は古来からの集積地だそうです。
 
普洱茶(プーアール茶)の作業工程は次の手順のようで、散茶と言われる茶葉(固める前の茶葉)を作るまでは、緑茶の製法と同じです。後処理が多種多様です。

(1)[萎凋]
先ずお茶の葉を採取してから、涼しくて清潔な室内に広げて一晩程度水分を飛ばして萎びさせます。
(2)[杀青]
お茶の葉は直ぐ酸化するそうですので、蒸すか、鍋で炒めるか、釜で煎る(烘)かして酸化を止めます。蒸すところは未だ見ていませんが、大鍋とドラム式の大型の釜は見ました。
(3)[揉捻]
そして、時間を置かず茶葉を揉みます。一般の工場は揉捻の機械を使いますが、高品質の茶葉は200度の鍋の中に手を入れ20分ほど揉みます。
(4)[乾燥]
 乾燥の方法が三種類有るようです。一つは太陽に二日程晒す方法で「晒乾」と言われており、最も一般的な方法の様です。次が乾燥室(ムロ)で乾燥させる方法で「烘乾」で一日程で乾燥するようです。この室を持っている工場は限られるようです。
三番目は本に「炒乾」と書いてありますので鍋で乾燥させることだと思いますが、未だ見たことがありませんので良く判りません。
(4)[筛•簸•拣]
篩って、混ざり物を除いて、選り分けるという作業工程で、手で茶葉の形や色で、大体2、3種類に分けています。微生物は乾燥の段階から自然に付いているようで、この工程が終わったお茶が散茶で、早いものは摘み取りから3週間程で出荷できる様です。

 普洱茶(プーアール茶)は茶葉の種類、産地、採取時期、商品としてのお茶の形等によって商品名が分かれています。一般的な茶葉は野生種を何代にも渡って品種改良しているようで、地域によって葉の形や色が違います。野生種の茶葉は古樹茶と呼ばれ、取れる量が少ないようですが、我々には飲んだお茶の葉がどの種類なのかは良く判りません。

 お茶の栽培に適した土地は、海抜1200~2500mで年間平均気温15~20度、年間雨量1,200~2000mm、平均湿度75~80%と言われています。商品には必ず産地名が書かれており、専門家は飲み分けられるといいます。採取時期は2月上旬から11月下旬の10ヶ月です。時期によって呼び名が違い、特に清明節(今年は4月5日)の後10日間の茶葉に「春尖」という名前を付けていますので、この時期の茶葉が一番美味しいのかも知れません。「春尖」の他は、「明前春尖」、「春央」「春尾」「夏茶」「秋茶」に分類されています。売っているお茶には出荷時期は書いて有りますが、取れた時期を書いていません。専門家は判るのでしょうが、我々には全く判りません。

 商品としてのお茶の形は多様で、一般的な茶葉のままの「散茶」と散茶を独特の形に押し固めた「圧茶」に分類できます。「散茶」は外形やお茶の色等で14等級に分類され、更に一般的な針のような「銀針」と、丸まった「香珠」と、粉茶を米粒大に固めた「王中王」などがあります。 「圧茶」は古来からの形と近年作られた形があり、また現在でも特徴を出すために新たな形が作られているようで幾つ種類があるのか良く判りません。

一般的には、饅頭の形をした「沱茶」、茸の形をした「緊茶」、餅の形をした「餅茶」、レンガのような「砖茶」、柱のように長い「柱茶」、個別に形を作った「特形茶」等があり、また大きさも様々です。また、熟成した茶葉を整形した「塾茶」と未熟性の茶葉を整形した「生茶」に分かれます。

 二日目は、景洪市の西約40kmにお茶の産地として有名な勐海県があります。其処から更に南に約20km程行った処に勐混という小さな町(镇)があり、此処では日曜毎の定期的な朝市が開かれます。周辺に住む少数民族も買い物に訪れて、賑やかだというので行って見ることとしました。車は同じ運転手で、前日より少し遠くに行きますので、一日チャーター料は500元です。

 勐混の朝市は西双版納最大ということでしたが、人通りは少なく露天も飛び飛びで少し拍子抜けしました。それでも色々な民族衣装を着た人がいます。常設市場で腌酸鱼を探し、やっと見つけたものはキムチ漬のような熟れ鮨でした。昼食を取って、次の目的地南糯山に向かうこととしました。
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勐混市場

 南糯山は古樹茶で有名で、道の無い山奥には1800年の茶の樹があるというころです。其処は沢道を2,3km歩かなければならないので今回は諦め、車で行ける道から30分ほど歩くと800年の樹があるというので其処を目指すことにしました。但し、山道は四輪駆動車でないと登れないので、村の入り口で地元の人を探して、車での案内してもらうことが必要だということは聞いていました。

 村の入り口に行くと、4、5人たむろしており、車やオートバイがあります。寄ってきた人に聞くと山奥でお茶を作っていると言います。車が無いというのでタクシーに一緒に乗り、先ずは彼の家を目指しました。途中で道がぬかるみ、タクシーでは行けないというので往生していましたら、トラックが通りかかり、彼の村の入り口近くまで乗せてもらいました。

彼の村は「丫口新寨」と言いますが、家は数件しか見えません。彼の名前は「罗二」で次男ですが少し足が悪いようです。長男は「三大」で身障者です。家は三男の「三爬」夫婦が普洱茶(プーアール茶)を作って家計を切り盛りしているようです。

先ずは、彼らが作った普洱茶を飲ませてもらいました。向かいの家の屋上にもお茶を干しているので何かと聞くと滇红(紅茶)だと言います。ガイド料と考えて普洱茶と滇红を買うこととしましたが、滇红を作っているのは隣の家でした。

800年の古樹のあるところが判らないので彼に案内してもらって山道を歩いていましたら、オートバイが通りかかり、彼はそれに乗って先に行ってしまいました。村の名前の由来になったと想像出来るY字路で待っているものと思っていましたが、居ません。古樹があるところは案内人がいないと判りませんので、残念ながら、トラックで来た道を歩いて引き返すしかありません。幸いにも、タクシーの運転手は乗用車が通れるギリギリの処まで登って来てくれていましたので、助かりました。翌日も彼の車をチャーターすることとしました。料金は400元です。

三日目は、田保御夫妻は夜の飛行機で帰り、我々二人は更に足を伸ばすこととしていますので、余り遠くにいけません。そこで、景洪の南約20kmの「勐罕•橄榄坝」という傣族が住む町にいくこととしました。此処の常設農業市場は規模が大きいので有名で、案内書には腌酸鱼があると書いてあります。

先ずは市場に直行して腌酸鱼を探しましたら、何とありました。田保先生が買い占めますと売り切れです。腌酸鱼を売る人は二人程いましたが、それぞれ家で10個ほど作って市場で売り、売り切れると今日の仕事は終わったという感じです。塩漬けにした魚(テラピアかもしれません)を薄切りにしてご飯に漬けたもので、1ヶ月は保存できるといいます。日本の熟れ鮨に良く似ています。結構美味しくて、酒の摘みに最適です。

四日目は、茶馬古道の出発地点の一つで、山奥には1700年の古茶樹があるという「易武」に行くことにしました。片道3時間半で一日2便しかバスがありませんので二泊して、韓国人の友達に紹介してもらった茶工場を経営する李存良さんを尋ね、易武から更に山奥に入った野生種のお茶栽培しているを村の案内をお願いする計画です。

景洪市の標高が522mですので、1300mの易武までは800m程登ることとなります。易武までの山腹の急勾配な土地には随所にゴムとバナナの大農園がありました。勐混や勐罕に行く途中にもゴム農園が沢山ありましたが、大航海時代のプランテーションを連想させる風景です。西双版納に展開している農園のゴムは日本のブリジストンが買い付けているという噂もあるようですが、定かなことは判りません。どうも漢族と少数民族のことを考えてしまい、私に取っては良い眺めではありません。

易武の町は、日本の田舎町といった風情で、これといった特徴はありまぜん。大通りに面した色々な商店でも商売に関係なくお茶を作っているようで、店の前にお茶を干しているところが沢山有ります。バスターミナルの近くに宿をとり、早速李さんを訪ねました。

宿から李さんの家に行く途中に茶馬古道の出発点があり、古い石畳の道が残っていました。古道の入り口に小学校があり、古道の両側に古い造りのお茶屋さんがあります。一軒のお茶屋を一寸覗いてみましたら、丁度餅茶を作っていました。何処でも良く見かける「七子」といわれる357gの餅茶です。直径が20cm位の筒状の布袋に入れて目方を計り、それを蒸し器に差込んで蒸します。蒸し終わると、手で押さえてある程度形状を整え、石臼のような型重石を載せて整形です。暫くすると型重石を外し、棚に並べて乾燥させます。餅茶は散茶の6、7分の1程度に圧縮されています。

見とれていましたら、70歳ぐらいの店主がお茶を飲んで行けというので、店の奥に入り込みました。この店主は漢族で、先祖は200年ほど前の清朝時代に昆明に近い「石屏」から移って来たといっていました。易武は古来彝族が住んでいたそうですが、交易と共に漢族が入って来、更に他の少数民族も玉突きのように押されて移動してきたようです。現在住む少数民族は彝族(イ族)、苗族(ミャオ族)、哈尼族(ハニ族)、瑶族(ヤオ族)の四種族です。
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綿から糸を紡ぐヤオ族

易武には軍隊の施設があり、李さんの工場はその軍隊の映画館を10年ほど前に買い取ったものだそうです。工場の大きさも易武一だそうで、普洱茶(プーアール茶)だけを作り、しかも高額な古樹茶に扱い商売は繁盛しているようです。

 この工場には杀青用の大釜を据えた炉が10個位あります。揉捻の機械は1台ありましたが、余り使わないようです。乾燥は二種類の方法を取っていました。一つは茶葉を大笊に入れて太陽に干す晒乾です。もう一つは烘乾です。広さ10畳位の乾燥室があり、床下で薪を燃やして部屋ごと乾燥させています。手間がかかりますが、雑菌を抑えるためにも最良の乾燥方法のようです。

 易武から更に山奥に3箇所ほど古樹茶を作っている村(寨)があります。一つの村は崖崩れで道が通れないそうですが、麻黑寨(マーヘイジャイ)と刮风寨(グアホンジャイ)という二つの村には行けるそうです。翌日李さんの4WDで案内してもらうこととしました。

 麻黑寨は刮风寨に行く途中の村です。易武から山道を2時間ほど、高度差約500mを登ったところが刮风寨です。村は50戸ほどで全て瑶族だそうです。建物は木造の平屋建てで、屋内は土間作りになっています。庭には豚と鶏と犬が放し飼いで、何とも長閑なところです。女性は藍染の民族衣装を着ており、殆ど自分たちで作ったそうです。縁側のようなところで綿から糸を縒っている女性もいました。

 お茶を作っているところに行きますと、どの家にも専用のテーブルとお茶セットがあります。客をもてなすためにお茶を入れるのはその家の主ですが、此処では李さんがお茶を入れます。茶葉をもって近所の人も来ます。どうもお茶を入れる李さんの表情を見る彼らの目が真剣です。既にお茶取引の場になっているようです。

 お茶の買い付けの場に立ち会えるのは最高の経験です。李さんは3軒ほどの家を回り、5種類くらいのお茶を飲みました。1種類のお茶を10回程のみ、臭い味を確認し、茶葉を取り出して形や色等を見ています。我々には、何となくお茶の味が違うことは判りますが、品質や値段の違いは全く判りません。

 中国で何所の都市でも良く見かけるお土産用の七子の餅茶は大体200元から300元でした。昆明では100元から200元位です。この餅茶3個で大体1kgです。李さんが買い付けたお茶は、1kg350元と400元と800元の3種類です。400元のお茶も春は倍の800元するそうです。800元で買い付けたお茶も、相手の最初の言い値は900元で、買値は600元からの交渉だったそうです。これらのお茶は工場で餅茶に整形して、中国では香港と広州に、海外は韓国やシンガポールに出荷するそうです。小売値は餅茶1個で1200元から1500元だそうです。

 野生種の茶の樹は、新芽が出るのに時間がかかるようです。また、茶の樹の植え方も、畝を作らず、それどれの樹を独立させて植えてあります。お茶を入れますと、10階入れても色や味が変わりません。
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千年茶樹
麻黑寨の近くに千年の茶の古木があるそうで、帰りに見てきました。思ったほど太くはありませんが、高さが20m程の立派な樹でした。4月頃にはこの樹からも登って茶葉を摘み取るようですが、どうやって取るのか判りません。

 今回の旅行で雲南茶と茶馬古道に興味を持ち、その取っ掛かりを見つけたような気もしますが、何れも奥が深くて、次をどうするかは未だ考えていません。
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茶馬古道始点

7月中旬頃に帰国する予定です。
また、皆さんのお会いできるのを楽しみにしています。

再見!
2011.6.11
長尾圭介

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by zuixihuan | 2011-06-13 21:38 | 昆明便り | Comments(0)
 昆明便り(2) “滇红の里を訪ねて”

中国だい好きの皆さん:

お元気ですか。

昆明はブーゲンビリアン(雲南では花びらが3枚ですので「三角梅」といいます。)の花が満開で空も夏雲ですが、朝夕は肌寒く、未だ長袖シャツやセーターを離せません。b0098096_12191555.jpg

日本もゴールデンウイークですが、中国はメーデーを挟んで3連休で、大移動をしています。
 今回の旅行は、お茶を作っている所を見に行くことにしました。

雲南はお茶の原産地で、4000年前から薬として飲まれていたようで、今も樹齢1000年の高さ数十m、太さが大人3人で抱えられる程の樹が残っているそうです。雲南は普洱茶の産地であることは以前から知っていましたが、「雲南珈琲」や「滇红」という紅茶があることは、昨年富岡さんから聞いて始めて知りました。
 普洱茶は昆明の南方に位置する西双版纳が主な生産地で、茶馬古道でも知られていますように古来チベットやモンゴルとの交易が盛んであったようです。「滇红」という銘柄の紅茶があることを昆明に居る日本人は殆ど知りません。中国人も銘柄は知っていても生産地を知っている人は少ないようです。大学での中国語の勉強より、西双版纳を車で動き回ってお茶の勉強をしている韓国人によると、西双版纳の勐海と昆明の西方約530kmの凤庆が滇红の主な生産地で、特に凤庆(fengqing)が最高品質だということでした。どうすればお茶を作っている所を見られるかと聞きましたところ、現地に行ってお茶屋に入り、老板(オーナー)に聞くのが一番だということです。

 そこで、西安交通大学以来の友達と二人で、先ずは凤庆を目指すことにしました。29日(金曜日)に夜行列車で出発する計画でしたが、連休で切符が買えず、一日繰り上げて28日(木曜日)の夜11時の寝台列車で出発しました。昆明から真西に行く道が無く、凤庆に行くためには、一旦西北の大理に行き、其処から南下するしかありません。29日の朝大理に着きバスターミナルで凤庆行きのバスを調べましたら、1日1便で、しかも売り切れです。凤庆に行く道が分かれる云县までの切符を買い、8時20分のバスに乗り込みました。
 云县でバスを乗り換え、凤庆に着いたのが午後3時半です。バスターミナル周辺の旅館に先ずはチェックインして、街に出てお茶屋を探すこととしました。

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凤庆茶畑

凤庆の街は、建物は新しく綺麗ですが通りは車や人が少なく、旅館でも初めて外国人を泊めると言われ、茶馬街道から外れた生産地は長閑ですが経済的には裕福な感じの処でした。
 街の中心で東西南北の道が交差しています。その一角にバスターミナルがあり、向かいのビルの1階にお茶屋がありますが、他には見当たりません。先ずは其処でお茶を1杯飲むかということで、その店に入ったのです。30歳半ばの女性が1人居り、並べているお茶の品種や値段を聞いたりして、滇红を入れてもらいながら、あなたが老板かと聞くとそうだといいます。近くに滇红を作っているところが有るかと聞きましたところ、交差点を西に行ったら何軒もあるということでした。中国で直ぐそばにあると言うのは大体2、3kmありますので、急ぐ旅でもなく、ノンビリ一と何杯もお茶を飲んでいたところ、一人の若者(張さん)が現れました。

 彼は老板だという女性と親しく話をしており、お茶菓子持参で我々にも振舞ってくれます。顔立ちが何となく似ているので兄弟か従兄弟かと思い、明日時間が有ったらお茶を作っている所を案内してくれないかと言いますと、今日なら良いと言います。早速、彼の自動車(スズキの軽)で案内してもらうこととしました。
 凤庆は临沧市凤庆县で、人口は40万人程だそうです。最初に案内してくれたのは孔子を祭っている文廟です。昔は科挙試験を行ったそうで、昆明や大理といった中核都市から離れたこの様な街に立派な建物群が有るのは驚きです。

 次に行ったのが、滇红南路を渡った街の北側の通りで、お茶の問屋が道の両側に2,30件あります。店の中にはお茶をまるで石炭を山積みするように積んであり、出荷の為に歩道に積んだ茶葉を袋詰めする店もあります。このお茶は殆どが滇红で、主に黒龍江省に出荷するそうです。値段は1kg20元ほどで、近在農家が生産したもののようです。先ほどのお茶屋のお茶が1kg160~180元でしたので、卸値も20~80元くらいの開きがあるようです。西安のお茶問屋でざるに入れた茶葉を選別している様子を良く見かけましたが、成程こういうお茶ならもう一度選別しないわけにはいかないですね。
 お茶を作っている所は山の上の方で、案内してもらったのは新しい機械を使い家族で作業をしている工場でした。作業工程を教えてもらいましたが、生憎専門用語が判らなくて、間違っているところがあるかもしれませんが、作業手順は次のようです。
葇凋:摘み取った茶葉を水で洗い、一晩屋内で寝かせて水分を取り、葉を萎れさせる。
揉捻;翌日、蒸した茶葉を機械で1時間ほど揉む。
发酵:揉んだ茶葉をざるや木の箱に入れ棚に並べて発酵させる。
初烘;発酵が進んだ茶葉は機械か素焼きの釜で一度焙る。
  机械理条:次に整形する
  割末足烘:最後にもう一度焙って完成。
この工程は大体2週間だそうです。普洱茶は12日だといっていましたので、滇红の方が手間がかかっているようです。

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茶工厂内

「滇红」は1940年に付けた雲南産紅茶のブランド名で、種類は大きく分けて砕茶と香曲茶(葉を小さく丸める)と金針茶の3種類があり、以前は東欧に、今はヨーロッパ全土に輸出しているそうです。我々が見たのは、金針茶の作業でした。


 作業場をじっくり見せてもらいましたので満足して街のお茶屋に戻り、またお茶を飲んでいると店番の女性のご主人で老板の張さんが現れました。4人でお茶談議をしていましたら、先ほどの案内してくれた張さんも自分でお茶の工場をやっているようで、そこも見に行こうということになり、老板張さんと一緒に行くことにしました。着いたところはやはり山の上で「凤庆天飲茶公司」という従業員10人位ですが、一段と衛生管理の進んだ工場で、張さんは其処の経理(社長)だそうです。先ほど行った作業場は土間の様な所に茶葉を並べていましたが、この工場は工程ごとに間仕切りで区画し、茶の品質だけではなく、衛生管理も徹底しています。この工場では緑茶と2種類の滇红(品質の違う金針茶)を作っており、出荷先はお茶の本場である福建省だそうです。

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老板家族一起喝茶

 雲南省では北は大理辺りまでお茶が取れますが、凤庆は亜熱帯地域に属し、高度が1600mあります。年間平均気温が16~20度、年間降雨量が1000~1400mmで霧が多く、1日の内でも晴れたり曇ったり雨が降ったりと天候が目まぐるしく変わりますので、お茶の葉は雲南随一と言われるようです。お茶の葉も上から下まで(新しい葉から古い葉まで)薄緑色をしており、日本のお茶と種類が違うようです。一芽一葉が最高級品だそうです。
 此処まで親切に案内してもらいましたので、夕食に誘い、山の上の地鶏料理の店で一緒に食事をしました。食事が終わりますと、老板張さんが自宅でお茶をご馳走すると言います。スズキの軽がやっと通れる山道を登ったところに老板張さんの自宅があり、なんと其処でも4,5人の人手を雇ってお茶を作っていました。代々続くお茶農家だそうで、老板張さんは凤庆でただ一人普洱茶作りをしているそうです。焙煎鍋も素焼きの陶器ですし、揉み機もヒノキ作りで道具ややり方に拘っているようです。
 老板張さんのご両親も出てこられ、奥の土間の部屋に案内されました。其処は周囲が土壁で、奥の壁際に日本の囲炉裏のように火が炊かれ、鉄瓶が置いてあり、周りに小さな椅子10脚ほどあります。皆が火を囲んで座ったところで、お父さんが素焼きの小さな容器に一掴みの茶葉とお湯を入れ、火の横に置いて沸騰させます。そしてそれぞれの茶碗に5分の1ほどお茶を入れ、それに白湯を継ぎ足します。このお茶の入れ方、飲み方は凤庆ではどの家でもやっているそうで、沸騰のさせ方、白湯の継ぎ足し方等は中々微妙で、お茶を入れるのは家長の役割という感じがしました。老板張さんがお茶をご馳走すると言った意味が良く判りました。
 普通の旅行では見られないお茶の生産現場を見せてもらっただけでなく、大変な歓待をしてもらい、更に沢山お土産をもらい大感激でした。授業で ”中国人大都心地善良,待人热情,也乐于助人。” という句子を習いましたが、今回の旅で実体験しました。両張さんの様な若者が良いお茶作りにチャレンジしているのは、頼もしい限りです。
 
 今回の旅行は、先ずは凤庆に行って、その後普洱市にでも行って昆明に帰って来るかといった調子で、次の行き先をハッキリと決めていませんでした。両張さんから、ミャンマーの国境近くの「沧源」は色の黒い佤族が多くて面白いところだという話しを聞き、行ってみるかということで、翌日400kmほど移動することとしました。
 直通バスが売り切れで、行ったり戻ったりで沧源に着いたのが夜の9時でした。ところが、どこも宿が満室です。やっと一晩だけというところに泊まりましたが、普通は40元くらいの宿が100元です。それでも良心的な感じでした。一体何事かと聞きましたら、翌日の5月1日から泥を顔に塗り合う佤族の摸你黑(monihei)祭りが始まるそうです。それで満室です。
 翌日街を歩きますと、至るところで市や売店が出て大変な賑いです。宿を片っ端から聴いて回りましたが、何処も満室で、空き室が有っても1人1晩150元で3日連泊でないと泊めないといいます。何処の都市もそうですが、お祭りになると宿の値段が5倍位になります。

 
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沧源市街

沧源は国境の街という感じの一画(カラオケ飲み屋街)があり、また20kmほど手前で往復共に厳しい検問を受けました。少し危険な匂いがする面白そうな街ですが、我々は少々疲れてもおり、仕方なく、私は昆明までの直行バスに乗り、友達は別の街に行って泊まるということにしました。昆明まで夜行寝台バスで14時間、朝の4時半に着き、7時頃まで寝て宿舎に帰ってきました。
 雲南省は鉄道や道路の事情が悪いですが、バス網は発達しており、一日がかりの移動を覚悟すれば何処でも行けそうです。私も少しだけ雲南に慣れてきましたので、今度は古い街を探して行ってみたいと考えています。
 中国だい好きの皆さん、お元気に初夏の旅行を楽しんで下さい。

再見!
2011.5.6
長尾圭介

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by zuixihuan | 2011-05-13 11:59 | 昆明便り | Comments(1)

昆明便り(1)


2011.4.9

昆明便り(1)

中国だい好きの皆さん:

お元気ですか。
 日本で大地震が発生して1ヶ月近く経ちますが、地震と津波の被災地では多くの死者と甚大な被害が出ており、行方不明者の捜索や後片付け、原発事故による避難など、未だ復興の目処もたっていないようで、何とも痛ましい限りです。また、東京でも電力やガソリン不足等で通勤や生活に支障が出ているそうで、大変気がかりです。
雲南省でも日本の地震と前後して盈江と中国国境近くのミャンマーで地震が発生していますが、昆明は全く揺れていません。
昆明在住の日本人は正確な人数は判りませんが、雲南大学に15人位(語学留学生は10人)、雲南師範大学に15人位、東方学院という私立の語学学校に10人位、現地で仕事をしている人が20人位で、大体60人程居るようです。中国でも連日日本の地震関連ニュースを流していますので、我々日本人も若干の情報をもっていますが、余りにも遠く離れていますので、何をしたら良いのか判らず、いたたまれない思いで居ます。
そこで、雲南大学と雲南師範大学の日本人学生(若者)が中心となり、3月25日にそれぞれの校内で、雲南省の盈江地震と併せた募金活動を行いました。中国人学生の関心も高く、2時間ほどで1万5千元集まり、日本と中国の赤十字社に折半して義捐しました。
 
 昆明は、来た当初日中の気温が22、3度あり、大学構内並木の海棠や近くの円通禅寺や筇竹寺の雲南桜が満開で、急に寒い日本から南国のリゾート地に来た気分でした。しかし、3月半ば頃から半月ほど曇りの日が続き、寒くて震えていましたが、4月に入ってやっと暖かくなりました。昆明は“春城”と言われ、1年を通して過ごし易い気候ですが、“四季无寒夏、一雨变成冬”とも言われ、曇りや雨の日は急に寒くなります。
 西安、北京等の中国の都市は東西南北の直線道路で整備されており、道を1本間違えても方位を間違えなければ問題なく目的地に行けましたが、昆明は3本の外環道路に囲まれた複雑な道路の街で、枝分かれしたり、右に曲がったり左に曲がったりで、地名と道路名と大きな施設等を覚えるまでに時間が掛かりました。
郊外には高層ビルが建っていますが、中心部では高い建物が少なく、色や意匠に個性があり、中々落ち着いた街です。雲南大学の建物もフランス人が設計したそうで、ロシア人が設計した西安交通大学とは随分雰囲気が違います。
食べ物は、新鮮な果物や野菜が豊富です。また、他の中国都市と比べてご飯が美味しいので助かります。特に傣族の竹やパイナップルに入れた糯米とフランス人やイタリア人の店のパンやピザは日本の専門店と遜色の無い美味しい味です。気候がよくて食べ物が美味しいので、日本人もご夫婦で長くいる人も多くいます。また、今回の留学生の最高齢者は、埼玉県在住の78歳と75歳の方です。気候の良さと生活のし易さから、高齢者でも健康に注意すれば十分留学生生活が出来ます。
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日本人の皆さんは、お茶や茶馬街道、西南シルクロード、少数民族等に個それぞれ興味を持ち、自分のテーマでもって雲南省の各地を旅行されています。特に中国は雲南省だけに興味が有るという人が多いのも驚きです。
 私も早く雲南に慣れたいと思い、3月19日・20日に一泊二日で“罗平(luoping)”に菜の花を、また4月3日から5日まで二泊三日で“元阳(yuanyang)”に棚田を見に行って来ました。

 罗平は昆明の東約230kmに位置し、貴州省・广西壮族(広西チワン族)自治州に隣接しています。途中の石林風景で有名な石林(昆明の東約100km)から続く広大なカルスト地形に広がる中国有数の菜種油の生産地で、30万亩(200平方キロ)の広大な面積に作付けされており、2月・3月が花の見ごろとなっています。
行きは列車で3時間、帰りはバスで4時間の行程です。罗平周辺は2、30kmに渡って道路沿いに菜の花畑が広がっています。特に“金鶏峰”はすり鉢を逆さにしたような小山が地平線まで続いて点在する地形で実に素晴らしい景色を見ることができました。此処の民宿に泊まり、朝早く山腹にあるお寺まで登って日の出と景色を楽しむことも出来ました。また、“牛街”という地区の山間部に開けた棚田の田螺田(螺蛳)と呼ばれる場所では、円形の幾何学模様をした珍しい景観で、何れも中国ならではの景色です。5月には菜種を収穫し、その後は米と煙草を植えるそうです。少数民族もいますが、菜種農家は漢族が多いようで、民宿をしたり、土産を売ったりで、のんびりとした裕福な土地柄でした。

元阳は昆明の南約320kmで、哈尼族彝族(ハニ族イ族)自治州の中心に位置し、住民は哈尼族彝族が多く、ベトナム国境に隣接する地域です。元阳へは昆明南部客运站からの直行バスが有りますが、清明節の連休で当日売りが無く、行きも帰りも“建水”乗換えで、片道8時間の所要時間です。
棚田は130平方キロの規模に及び、標高1450mから2150mに渡って連なり、大きなところでは5000段に及ぶといわれています。棚田は自治州の広い範囲に広がっていますが、雄大な景観が望めるのは、元阳から更にタクシーで1時間ほど行った辺境な農村地帯です。今の時期は田に水を張っていますので、遠くから見るとステンドクラスのような模様が空の変化に連れて変わり、実に不思議な光景でした。
現在世界自然遺産に登録中ということで、道路の拡幅工事が行われていましたが、農地は急峻な地形で機械が入りにくく、人手と水牛で田を耕しています。山腹の上の方には未だ水を張っていないところが多くあり、渇水と労力不足の両方によるものではないかと想像しました。
 棚田の歴史は1000年以上前に遡ることができるそうです。急速な経済発展が続く中国の、多くの中国人観光客が押し寄せてくる中で、オートバイも車も持たず、綺麗な民族服を着て昔ながらの重労働の農作業をやっている哈尼族は、何時までこの生活を続けられるのだろうかと、一寸心配になりました。

 元阳の帰りも昆明までの直行バスが取れず、“建水”経由でした。しかも4時間待ちでした。建水という街の名前は聞いていたのですが、どの様な街か判らず余り関心が無かったのですが、1200年以上の元代からの歴史を持つ古い街で、雲南南部の政治、軍事、経済、文化の中心地として栄えて来たようです。雲南の街としては漢族の割合が多く、街の中心部には古い建物が残っています。
どこかで見たような建物や街並みがあり、“朝陽楼”といわれる城門は、天安門より30年ほど前に建てられています。豪族の屋敷後である“朱家花園”の近くの通りは150年以上前の建物に今も人が住み商売をしています。北京の瑠璃廠に似た雰囲気の通りです。また、孔廟は規模や保存状態から山東省の孔廟に次ぐと評価されているそうです。
帰りに一寸寄っただけでしたが、何となく得をした気分です。機会が有れば、改めて2、3日かけて見ても良い場所です。

 未だ昆明も1ヵ月半ですので、何となく土地勘が無く、地名も難しい名前ばかりで様子が良く判りません。雲南の東西南北の地域は、それぞれ独特の自然環境と歴史と文化習慣を持っていますので、半年程度の期間ではとても雲南を語れないということが良く判りました。時間とチャンスがあれば、今度は昆明の北西部と南西部に行きたいと考えています。

 中国だい好きの皆さん、機会があれば是非雲南に来てください。未だ見ていないところが沢山ありますよ。
日本の地震復興と放射能汚染問題が解決し、早く正常な生活に戻れることをお祈りしています。

2011.4.9
長尾圭介

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by zuixihuan | 2011-04-08 21:35 | 昆明便り | Comments(0)