東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

カテゴリ:成都便り( 6 )

成都便りー6



成都便りー6

中国だい好きの皆さん:


お元気ですか。


今学期も終わり、今成都の名残を惜しんでいるところです。10人いたクラスも最後の出席者はイタリア、ルーマニア、タイと私の4人です。

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川師大学も各所で卒業写真を撮影しており、また学生の大移動で臨時の郵便局が大繁盛です。 

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初めて生活する都市は右も左もわからないところからスタートですから、中々楽しいです。到着すると、先ず宿舎で値段交渉をして部屋を決めて、インターネットの接続確認をします。宿舎によっては電気ポットとテレビ以外何もないところもありましたが、四川師範大学の宿舎は校内にありますのでホテルの看板は揚げていませんが、ホテル並みの運営をしており、冷蔵庫も付いています。次に銀行を確認して、スーパーに日常品の買出しに行きます。宿舎で一息ついたら、校門とその周辺、校内の食堂や商店、郵便局等を確認します。此処まで来ますと少し落ち着きます。

 翌日、銀行で両替して、入学手続きとビザの申請手続きをし、クラスと教科を確認すると学校の手続きも終わりです。そこで新聞スタンドで市内地図とバスの路線小冊子を買い、自分の居場所や近くの停留所を通るバスで何処に行けるか、じっくり調べます。

全ての地名が初めてで馴染みがありませんので、初めは実際に行ってみないと覚られません。今回は授業が始まるまで1週間ありましたので、2か所のイトーヨーカ堂と伊勢丹と本屋を先ずは確認です。

 授業が始まり、5月1日のメーデーまでの2か月は授業についていく期間で、真面目に予習をやります。この期間を過ぎますと、教科書と先生の教え方にも慣れますので、そろそろ授業をサボって遠出の旅行をしたくなります.端午の節句を過ぎますと、クラスの学生も半分以下になり、惰性で授業に出ているような感じになります。

 

成都盆地は平坦で広く、都市計画とインフラ整備が良いバランスで進んでおり、今も盛んに不動産開発が行われていますが、落ち着いた住みやすい都市です。トヨタ、ホンダ、マツダ、フォード、ホルクスワーゲン、GM、プジョー等の自動車工場やのフォックスコン等の大型の情報機器や電気の組み立て工場が多く、生産活動も活発です。重工業が少なく組み立て工場が多いせいか空気の汚染も自動車の排気が主で余り気になりません。主要物流は上海から長江を溯り、重慶で陸揚げし陸路で成都市内と結んでいるようで、郊外に大型の保税倉庫もあります。


車は多いのですが、主要道路が大体片側3車線で、その外側に自転車専用車線と歩道があり、郊外では更にその外側に広い緑地帯があります。

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他の都市と違うのは歩道側の1車線が市内バス専用路線で一般車が入って来ないのと、一般車も抜きつ抜かれの我先の運転をしていません。東西、南北の地下鉄が開通していますが、市民の足はバスです。市バスはラッシュ時でもスムーズに運行しますので、気分が良いです。今盛んにマナーキャンペーンをやっていますが、バスの乗車も割り込みは少なく、若者は年寄に席を譲ります。道を歩く人もゆったりとしていますので街に出てイライラすることが有りません。北京等の都市では、高速道路でナンバープレートの末尾番号の奇数偶数で利用制限をしているそうですが、成都では一寸厳しく月曜日は1と5、火曜日は2と6、というように規制し、平日の渋滞を分散しているようです。

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7年前女学生は殆どジーパンでしたが、此処ではミニスカートかショートパンツです。街に出ても皆良い服装をしており、貧困や格差を感じません。商品も以前は安かろう悪かろうという商品と良いけど高いという商品の両極端でしたが、最近は値段も手ごろで良い品質の商品が増えています。イトーヨーカ堂のバックや靴、衣料品は日本より品ぞろえが多いです。ユニクロの衣料品も70元(1,000円)程度の品揃えです。


四川料理は辛いので有名で、夏でも火鍋が繁盛していますが、唐辛子の入っていない料理もあり、我々も特段困りません。また、イトーヨーカ堂と伊勢丹には、日本人が作るパンや惣菜が有り、レストラン街には日本のテナントが入っています。価格帯を現地価格にしていますので、比較的安くて美味しい料理が食べられます。また、近くにケンタッキーがあり、モーニングサービスはハンバーグと珈琲で10元ですので、授業が早く終わる日や休日の午前中は煙草の吸えるベランダで予習をやります。


四川省は北に秦嶺山脈があり、三国志でも諸葛孔明の蜀と曹操の魏とが、秦嶺山脈を越えて互いに攻め込むために川の絶壁に掛けた狭い桟道を使って何十万の兵を移動させる話が出てきますが、今もその遺跡が残っています。また、毛沢東率いる紅軍の長征も直接陝西省に入れず甘粛省を回って延安に行っています。中国は秦嶺山脈を境に北方と南方に文化圏(食文化の違いで良く使われます)を分けますが、この山脈は黄河と揚子江の分水嶺でもあます。

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四川省は北西にヒマラヤ山系の5,6000m級の山が連なり、川が網の目のように北から南に流れています。四川と言うからには大きな川が4本あるのだと思いますが正確には良く判りません。西のチベット自治区との境を金沙江が流れ、その東に有る雅砻江攀枝花で金沙江に合流します。更にその東を流れる大渡河は楽山で岷江に合流します。岷江は九寨溝辺りに源を発し、都江堰で成都盆地に入り、宜宾で金沙江に合流します。金沙江は此処から名前を長江と変えます。更に成都の東を流れる沱江泸州で長江と合流し、重慶に流れていきます。四川の川は殆ど長江に流れ込みます。


岷江は古来暴れ川で、紀元前3世紀(秦代)に都江堰で流域を分散する大掛かりな治水工事を行い、蜀の繁栄をもたらしています。この岷江と大渡河が合流するのが楽山で、楽山大仏は唐代にこの暴れ川を鎮めるために造られたものです。岷江は川が暴れるだけでなく、2008年の四川大地震はこの上流部です。

川は水運のみならず川沿いに道が作られ、四川省の主な地方都市は川の合流点です。1986年に成都の北40kmに三星堆遺跡が、2001年に市内北方に金沙遺跡がそれぞれ発見され、黄河文明に匹敵する長江文明の存在が注目されています。時代は新石器時代(5、6000年前)に遡りますが、子安貝や象牙が発見されており、古代インドと交易した西南シルクロードの存在を裏付けるものとして盛んに研究されています。西周時代(紀元前3世紀頃)の青銅器は他に類を見ない造形です。鋳造技術は中原から伝わったようですが、造形や用途は独自です。

半年足らずですので、遠くは四姑娘山と丹巴しか行っていませんが、機会があれば、川が合流する地方都市や北西部の甘孜(カンズチベット族自治区)と阿坝(アバチベット族自治区)に行ってみたと考えています。


成都の芸能と言えば川劇と変面(变脸)です。川劇は300年、変面は100年の歴史があります。変面はそもそも農民が野獣を威嚇して追い払うために顔に彩色したことに始まるそうで、清末に川劇の一場面の演目として取り入れられ、何度かの衰退期を乗り越え今に伝えられています。現在は成都市が川劇芸術学院を設立し、役者の育成と公演、研究、保護、伝承、普及に努めています。

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宽窄巷子や錦里の茶館では35元位で茶芸と変面を楽しむことができますが、川劇の専用劇場は文化公園近くの蜀風雅韻と春熙路近くの錦江劇場の2か所があります。

成都も最後ですので、空港に迎えに来てくれた劉さんを誘って錦江劇場に行って来ました。錦江劇場は成都市が出資する成都川劇芸術中心の施設の一部で、舞台のある茶館を併設しており、開幕まで此処でお茶を飲んで待ちます。劇場は300席ぐらいの一般の劇場造りで、2階の舞台よりに囃子が陣取っており、奈落や空中芸の仕掛けがあります。

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劇の内容は伝統芸と雑技と現代舞踊を混ぜ、3D等の映像を取り入れた現代風な演出になっています。序幕は三国志の劉備、関羽、張飛と呂布の戦いで始まり、劇は「紅梅閣」という3幕の恋愛悲劇の中に、手の影絵、吐火、人形劇等の雑技を織り込み、最後に5人の変面をやります。伝統芸を見るというより、オリンピックの開幕式の様な迫力があって楽しい内容でした。変面は国の第二級機密に指定されており、劇場内は撮影禁止です。カメラを構えるとすぐに手元にレーザービームが飛んできます。この速さ的確さは中々の腕前です。


来週帰国します。

また、皆さんの仲間に加えてください。

再見!

2014年6月29日

長尾圭介


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by zuixihuan | 2014-06-30 08:44 | 成都便り | Comments(0)


成都便りー5(四姑娘山と丹巴


中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか。

東京も暑いようですが、成都も先週から気温が急に上がり、最低気温24度、最高気温34度と蒸し暑くなってきました。日中に出歩くとジットリ汗ばみます。

 先週末、昆明に留学中の西安交通大学以来の友達である沖縄出身の新城さんが成都に遊びに来ましたので、一緒に成都の北西約350kmに位置するチベット族(藏族)が住む「四姑娘山と丹巴」に5泊6日の旅行に行ってきました。


 中国の大きな都市では、汽車や長距離バスの切符をターミナル以外に街の販売所で買うことが出來きます。成都では汽車のチケット(火车票)の販売所は良く見かけますが、長距離バスのチケット売り場がありません。聞きますと、「红旗连锁」という国営の小型スーパーマーケットが至る所にあり、此処で身分証明書(身份证)と銀行カード(银行卡)があれば誰でも購入することが出來、大変便利になっています。但し、外国人のパスポートでは購入できません。成都の長距離バスターミナルは14か所あり、予定している行先はインターネットにも乗っていないので、確認を兼ねバスターミナル(茶店子客运站)に三日前に買いに行きました。


 四姉妹山(四姑娘山)はアバ・チベット族チャン族自治州小金県日隆村(啊壩藏族羌族自治州小金县日隆镇)で、 チベット高原の東縁に位置し、2006年に世界遺産に登録されたジャイアントパンダ保護区の一部の自然保護区・風景名称区です。南北15km程の間に大姑娘山(5355m)、二姑娘山(5454m)、三姑娘山(5664m)、四姑娘山(6250m)の4つの山が連なり、それを挟んで東側に海子溝、西側に長溝、その西側に双橋溝が有ります。東西20km、南北40km程の広大な自然区で、周囲に5、6000m級の山が連なり、高山湖、森林、草原が分布している桟道を歩いて自然を堪能するトレッキングコースです。


ダンバー(丹巴)はガンゼ・チベット族自治州丹巴県(甘孜藏族自治州丹巴县)に有ります。ギャロン・チベット嘉绒藏族)が住み、隋書に「東女国」として記録されている長く女王が支配した古くからの土地で、山間部に独特の石積みの民家や高い塔(碉楼)を持つ集落が点在する景色の美しい処です。また、美人が多いことから、10年ほど前に観光向けに付けられた「美人谷」の地名が広く知れ渡っています。

また、東北から流れてきた三つの川が小金で合流し、西に流れ、丹巴で大金川に合流します。大金川は丹巴で更に4つの川と合流して下流部は大渡河となり、楽山で岷江に合流します。1935年に長征途中の中国工農紅軍一方面軍(毛沢東指揮)と四方面軍が出会った「大渡河」がこの地で、小金・丹巴ともに革命の聖地となっています。

朝4時半に起き、5時に宿舎を出発しタクシーで茶店子バスターミナルに行き、6時半小金行バスに乗りました。外は小雨です。高速道路に入り都江堰を通ったところまでは覚えていますが、いつの間にか寝てしまいました。「地球の歩き方」も「中国の旅行案内書」も、直接四姑娘山のある日隆镇に行く道は2013年4月の雅安地震で道が寸断されて通れないと書いてあり、大きく北側を回って小金まで7時間、其処でバスを乗り替えて2時間、合計9時間の長旅と覚悟していました。


 1時間半ほど経ったところでバスは上下左右に大揺れで目が覚め、外を見ると川沿いの山道で、凹凸不平坑坑洼洼で水のたまった穴ボコだらけ、川側は崩落し、山側は崖崩れで狭いところは大型車が1台やっと通れるくらいの凄いところを走っています。道路地図を持ってこなかったのと半分寝ぼけていたので事情が良く判らないでいると、30分程でバスが止まってしまいました。先の渋滞原因の場所まで行ってきた運転手の話では、1台しか通れない狭い場所で大型貨物トラックが故障しているということです。中国の高速道路で事故車などにより一度渋滞すると何時間でもただ待つしかないことを何回か経験していますので、別に焦りません。


1時間程で動き出しましたが、現場では故障車はそのままで、その山側に新たに車が1台通れる道を作っていました。いかにも中国です。

 更に1時間ほどガタガタ道を走ると急勾配の登り坂に差し掛かり、登れば上るほど霧が濃くなりノロノロ運転です。1時間程で峠越えでましたので、高度計を見る4300m有ります。山を下って30分程で天気は快晴、しばらく見ていない真っ青な青空が見えてきました。

人家のあるところに通りかかると「长坪沟入口」の看板があり、何人か降ります。考えていた道と違う道を走っていることが未だ判らず、5分程走った処でまたバスが止まりました。運転手に日隆镇かと聞くとそうだと言いますので、慌てて降りました。今年初めに道が開通していたのです。事故車と霧で2時間遅れて8時間かかりましたがラッキーです。未だ寝ていたら更に2時間の道を往復するところでした。


 宿は予め電話で予約しておいたユースホステル(阳光熠青年旅舍)で、ツインルームが1泊90元です。バス停から50mほどの便利な場所です。標高は3600mでセーターが必要です。

 日隆は人口200人で、集落は我々の宿がある三叉路周辺と长坪溝入口周辺の二か所です。2006年の世界遺産登録に向けて建て替えたようで新しく綺麗な村です。現地の人は、道を行く人もバイクで通りかかる人も皆、我々旅行者に笑顔で手を振ります。話しかけるととても穏やかです。

 长坪溝の入口にあるもう一つのユースホステル「日月山荘」には観光情報があるようなので当初泊まりたいと考え電話をしたのですが通じず、上記のユースにしました。先ずは日月山荘に珈琲を飲みに行き周辺の様子を見ることにしました。

日月山荘の大家が村長で、やはり遊覧や登山の情報拠点になっていました。四姑娘山の最高峰(6250m)は1981年に同志社大学隊が南東陵から1992年に広島山の会が南壁から初登頂しており、日本人にも馴染みのある土地ですが、最近日本人の観光客が多いのは、大川健三さんに依るところが大きいようです。コンピュータ会社に勤める国際的な秘境冒険家だったようですが、2000年の退職してこの地に住み世界遺産管理局特別顧問として村の観光開発に大きく貢献され、更に写真家として世界に現地情報を発信しています。因みに地球の歩き方の四姑娘山と丹巴の写真、文章は大川さんが寄稿したものです。残念ならら今回は大川さんにお会いできませんでした。

 2、3時間の散歩コースとして、川を挟んだ向かいの小高い山を教えてもらい、早速出かけました。特に特徴のない小山だと思っていましたが、中に入るとシャクナゲ、芥子、芍薬の原種が至る所に咲いており、馬が放牧されています。急に高地に来たので登りは厳しく、途中で引き返しましたが、村が既に高山だということを実感しました。

 

 二日目は、渓谷の奥まで自動車道が整備され周遊バスが走る双橋溝に行くことにしました。日隆镇から双橋溝までは2時間に1便走る小金行のバスに乗って10分2元です。7時半のバスに乗ろうと思ったら、宿の女将が朝は寒いので9時半のバスで行けと言うので、ゆっくり出発です。天候は快晴です。双橋溝は氷河の浸食でできた渓谷で、両側に急峻な岩峰がそそり立っています。道路周りは林と草原が広がりますが、高原湖や渓流は殆ど見えません。所々に道路から渓流沿いや高山湖に入る桟道が有ります。登山口から渓谷の奥(紅杉林)までは35km有り、バスは主要な景観ポイントで2,30分停車し、何度乗っても良い仕組みになっています。


 我々の乗ったバスは、途中1か所渓流と沙棘(shaji;針葉樹で実は中薬やジュースにします)の大木の有る処で止まりましたが、先ずは奥まで行って帰りに景観地でまた止まるようです。最高地点は標高4300mでカール状に抉れ、周囲に5千m級の雪山が幾座もあり、真っ青な空に聳えている風景は最高です。我々は乗ってきたバスに乗らず、次のバスに乗ることとしてゆっくり歩いて下山することにしました。

高山ですので登りは厳しいですが下りは緩やかな勾配ですので平地を歩くのと同じで問題は有りません。道路の周辺は標高が高いので、シャクナゲは無く、高山植物と沙棘の林が広がっています。時期が少し早いようですが桜草も咲いています。周囲の景色を見ながら歩くだけで景色を堪能できます。5km程歩いて、持ってきたパンで昼飯です。下りとはいえ高地ですので、少し疲れ、バスが来たら乗ろうと思っていましたが、客が少ないのか一向にバスが登って来ません。其のうち紅杉林に停まっていたトラックが降りてきましたので、乗せてもらいました。植栽をして来たという事でしたが、何を植えたのか良く判りませんでした。登山口に帰ってきたのが2時半です。初日はこの位にして明日に備えることとしました。日隆镇行のバスが丁度通りかかり、都合よく宿に帰ることが出来ました。

 三日目は、長溝です。やっと四姑娘山が見えると期待していたのですが、生憎の曇り空で山には霧が掛かっています。日隆镇の食堂は何処も9時半開店で、宿の麺は口に合わず、先ずは日月山荘に行き珈琲を飲みながら残りのパンを食べることにして7時半に宿を出発しました。


溝の周遊バスは日月山荘に行く途中にある遊入センターから出発ですので気は楽です。9時ころ入場券とバスのチケットを買って乗車ですが、10kmほど行ったラマ寺院までで、後は桟道の歩きです。最終のバスが5時という車掌の話だけ聞いて山に入りました。

 木製の桟道はきちんと整備されていますが、並行して走るはずの馬道は石ころだらけで何処が道か良く判りません。初めは急な下りですが、しばらくすると桟道の勾配も緩やかになります。周りの山が見えないのが残念ですが、日本の奥入瀬渓谷を歩いているような感じで、渓流と緑と高山植物の綺麗な渓谷です。我々は桟道の中間地点位まで行って引き返しましたが、二か所の滝と上高地の様な池の中に枯れた樹が生えている「枯树滩」は素晴らしい景色でした。

溝は正確には判りませんが、距離が30km程あり、その中間点辺りまで桟道が整備されています。この中間点辺りにキャンプ場があり、最上部を目指す人は此処で1泊するようです。我々はこの高地でどれだけ体力が持つのか良く判らないので、桟道の中間点辺りで引き返しました。バス乗り場が3時でしたので、大体6時間ほどのトレッキングでした。次に来た時には桟道の上部まで行けるかもしれません。

四日目は丹巴への移動です。7時半のバスに乗って小金まで2時間、朝食は小金です。其処から7人乗りの乗合タクシーに乗って2時間、街の入口で地元の小型タクシーに乗り換えです。街にはタクシーは沢山あるのですが、道が狭くすべて小型ばかりです。宿を決めてなく先ずはバスターミナルに行って帰りのチケットを確保することにしていたので、運転手に降りるのは「バスターミナル、長距離バスの発着場」といくら言っても通じません。仕方なく、地図にあるターミナル近くの宿「美人谷賓館」を言って降ろしてもらいました。1泊100元の程々綺麗なホテルでしたので、荷物を置き、話の通じなかったターミナルを探しに行きました。街の人に聞いても最初は判らず、「明日成都に帰るのでバスのチケットを売っているところは何処ですか」と丁寧に話してやっと通じました。名称は「县运站」でチケットを売るだけの事務所です。バスの乗降は近くの幹線道路ということでした。


時間が早いので、丹巴の南にある「中路」という村落に行くことにし、往復150元でタクシーをチャーターしました。

中路は丹巴に5,6か所ある大きな村落の一つで、急峻な山道を500m程登った山の中腹に古い集落があります。道幅が狭く小型車がやっと通れるでこぼこの急な道です。川沿いの幹線道路周辺から家は点在していますが、高い塔が有る古い集落は山の中腹です。運転手に何故こんな高くて不便な場所に住むのかと聞きますと、一つは外敵からの防御のため、もう一つは水が豊富で土質が良く作物が良く育つからだと言っていました。確かに山頂まで緑が生い茂り、道端にも梨、林檎、桃、さくらんぼ、胡桃の樹が植えてあり、畑は狭いが実りは豊かな場所のようです。


 山頂にタルチョ(チベットの五色祈祷旗)が翻っているところが何か所かあります。すべて神山だそうです。帰り道で野菜を収穫し市場に売りに行くという民族服の女性を乗せましたが、22,3歳かと思い年を聞くと27歳だそうで、色白でチベット族とは思えない美人でした。街中を歩いて改めて女性を見ると同じような瓜実顔で鼻が高く色白の美人が多く、美人谷の謂われも納得できます。女性は大体18歳で結婚するそうです。

気の良いギャロン・チベットの若い運転手でしたので、翌日1日400元で車をチャーターすることとしました。


丹巴の街は、人口2000人程(丹巴県の人口は5,6万人)で、川沿いの狭い場所ですが賑やかで活気があり、小型車ばかりですがタクシーも頻繁に往来しています。商店や市場も多く、食堂も朝6時半からやっているそうで、朝食、夕食の心配はありません。また、パン屋も成都の普通のパン屋と変わらない品揃えです。

五日目は、30km程北上した「巴底」まで行き、帰り道を「巴」「甲居」の三か所を1日かけて遊覧しました。何れも山の中腹に2,30戸から5,60戸の集落が点在し、石造りの家は屋上の四隅に角の様な飾りをし、特に窓の装飾に家々の特徴があります。対岸の集落は吊り橋で幹線道路と繋ぎ、小型車なら通れるようです。

は幹線道路沿いに松安寺という金ぴかのラマ教寺院が有り、信仰が盛んなことが伺えます。山の中腹に比較的平らな土地があり、畑の奥に「土司館」が有りました。写真を撮っていたら、近くに住む老人が、自分の庭が一番の撮影ポイントだといい、我々を招き入れてくれました。聞きますと建物は元代のもので、清代まで使われていたという事です。「土司」と言うのは元代以降中国の周辺諸民族の族長に中国王朝が与えた知事の様な称号で、この建物が族長の住まいだったことが判ります。

畑には小麦とトーモロコシとジャガイモが植えてあり、小麦の収穫は1か月ほど先で、他の地域より遅れています。


土司館を巡って住居の密集している処に行くと道幅は2m位で、車の入れないところもあります。大きな音で音楽が聞こえるので行ってみると小学校で、丁度子供の日の行事をする様です。生徒は4人先生3人、それに30人程の村人が集まっていました。主に年寄ですが女性は皆方錐形の糸紡ぎ器を持ち、羊の毛で糸を紡いでいます。男性はノンビリ煙草を吸っています。何とも長閑なところです。


向かいの山の中腹に10件ほどの家があり、道も何処を通っているのかわからないほど急峻なので、運転手に聞いてみましたら、100年ほど前までは人が住んでいたが、今は空き家という事です。石造りですので、100年放置していても遠くから見ると他の家と変わらない景色です。

昼時ですので運転手に何処か食堂に連れて行ってくれと頼みましたが、三つの村落共に食堂も売店もないと言うことです。仕方なく吊り橋の傍で、持参のパンとクッキーとバナナを分け合って昼食としました。

四か所の風景はそれぞれ特徴があるのですが、同じような処も多く、どれが何処の景色か記憶が混同してしまいます。ただ、丹巴の街は漢族も入っているので他の都市と同じようですが、村落では日隆镇と同じように人は穏やかで、タクシーで通っても皆手を振ってくれます。観光ズレはありません。独特の風景と風俗は一度見る価値が有ります。少し早いですが3時に宿に帰って明日の長旅に備え休息です。

六日目は朝7時のバスで成都に帰ります。当初の情報では康定、雅安経由で8時間かかる成都行と聞いていたのですが、来た道を逆走する小金、日隆镇経由で8時間の道のりでした。来る時に越えた4300mの峠は金山で、霧のため辺りは見えませんでしたが、この日が晴れて辺り一面急峻な草地でヤクを放牧しています。後で調べますと花の名所のようです。来るときは霧で何も見えませんでしたが、帰りは登り道で雲に隠れた四姑娘山らしい影を見ることができました。

成都から6時間でヒマラヤの麓に行け、しかも周遊バスで4300mまで登れ、自分の体力に応じて行動できます。四姑娘山にはできれば5日滞在し、天気の良い日に先ず長溝に行って四姑娘山を見て、次に双橋溝、体力があれば海子溝の順番でアタックすることをお勧めします。東京から成都経由で四姑娘山だけに来たという若者が居ましたが2泊では実質1か所しか行けませんので、時間の余裕をもってきていただきたい。

どうも金山の南側は雨が多く道も度々寸断されるようですが迂回路があります。北側の四姑娘山側は気候が安定しているようで、冬でも積雪は少なく周遊バスを運行しているので一般人でも入山可能なようです。

丹巴はタクシーで回っただけでしたが、巴底や巴旺の村落には民宿があり、1泊位は此処に泊まると面白いと思います。九寨溝も素晴らしいですが、黄龍より四姑娘山は楽で変化に富んでいます。是非行ってみてください。

2014年6月3日

長尾圭介


(写真は写した順に並べてアップしました。~Blog管理人)

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by zuixihuan | 2014-06-09 05:53 | 成都便り | Comments(0)

成都便りー4

成都便りー4

 

中国だい好きの皆さん:

 

 お元気ですか。

成都は、日は射しますが太陽の輪郭はぼやけたままの天気で今一スッキリしません。しかし、降雪、旱魃、砂嵐、洪水等の中国の他都市と比べ、大きな気候変化もなく気温も15度から25度と安定しており、中々住みやすい都市です。

 成都の市内は緑が多いですが、郊外も緑地の整備が進んでおり、行楽場所が沢山あります。市民も“春遊”と言って家族連れで一日郊外の緑や花を楽しんでいます。

5月の短い連休は、中国の何処の行楽地も“人山人海”で、昨年は九寨溝の車の大渋滞と溢れた人で宿が取れず大勢野宿したことが話題になりましたが、今年は楽山の大仏の周りが人人人で大渋滞し、30分位の処を4時間かかったことが話題になっています。


四川師範大学は南方にバスで20分位の場所に別キャンパスを持っており、先週クラスの教師と学生と一緒に課外授業として遊びに行って来ました。学生は1万5千人ですが、敷地が現キャンパスの5倍あり、キャンパス全体が公園の様に整備され、池があり、緑と花が多く、春遊には最適の場所ですが、毎日暮らすとなると少し息がつまりそうな気がします。私はやはり近くに雑踏と賑わいがある静かなキャンパスが良いですね。

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 成都の名所旧跡や観光地としては、市内は諸葛孔明と劉備、関羽、張飛を祀る武侯祠、杜甫草堂、寺院それに三国志に纏わる遺跡が沢山あり、また四川省としては九寨溝、都江堰、楽山、峨眉山、パンダ基地等が人気の行楽地ですが、三星堆遺跡と金沙遺跡が発掘され、黄河文明、長江文明とも違う古蜀文明(四川文明)の遺跡と博物館が近年注目されています。


 三星堆遺跡は、私の住まいからバスを乗り継ぎ昭覚寺バスターミナルに行き、そこで広漢行の長距離バスに乗り、更に市内バスに乗り換えて所要時間3時間程の比較的近い場所にあります。

紀元前3000年ころの新石器時代の遺物から、殷末・西周時代の銅器、漢・宋時代の陶磁器や装飾品など年代が広く、遺物は多彩です。子安貝や象牙が発見されており、ミャンマー経由でインドに繫がる古代西南シルクロードの起点とも考えられています。黄河文明とは異質の独自文化を持っていたことから、古蜀国の都であったと結論づけられております。

1986年に祭祀跡が発見され、1997年に博物館が建てられ、敷地が12k㎡の広大な遺跡公園として整備されており、必見遺物は、夏(殷)末から西周の銅神樹、青銅大立人像、銅面具等の銅器と金のマスクで、寧ろマヤ文明の遺物のような趣があります。

 金沙遺跡は、成都市の西の外れ、第三環状道路の外側に有り、私の処から30分程で行けます。2001年に住宅の工事現場から遺物が発見され、2007年に開館した新しい博物館です。長江の支流として三星堆遺跡とつながっており、遺物は似ています。特に西周時代の黄金のマスクは必見です。

 中国の古代文明は紀元前7000年に遡る黄河文明(黄河流域の陝西省・山西省・河南省に跨り仰韶文化や竜山文化が代表、殷商周に繫がる)や長江文化(長江の中下流域で浙江省の河姆渡遺跡が代表、稲作文化が特徴、楚呉越に繫がる)は規模が大きく、文字や稲作の起源と考えられる文明です。四川文化(古蜀文化)は長江の支流域として北に秦嶺山脈、南にチベット山系があり地域的に途絶した環境から独特の文化が生まれたものと考えられます。大量に出土した青銅器の鋳造技術は殷商からもたらされたようですが、目の飛び出た仮面や、縦目の顔立ちの人物像等は造形的に独特で芸術品といえ、古代史へのロマンを掻き立てられます。

 

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 ところで、私は中国で初めての都市に来た時は、何時も真面目に授業に出て教科書と先生に慣れ、また鉄道駅や郊外や遠隔地に行くバスターミナル等の街の様子に先ず慣れることにしています。メーデーを過ぎますと都市には大分慣れ、その外の地域の何処か特徴がある処に行きたくなります。今回は、5月下旬に四川省の北西部、ヒマラヤの麓あたりの蔵族、族が住む標高3000mから4000mの村(四姑娘山・丹巴)への旅行を計画しています。面白かったらまた報告します。

 

 中国だい好きの皆さんもお元気で日本の春遊を楽しんで下さい。

再見!

 

2014年5月4日

長尾圭介
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by zuixihuan | 2014-05-05 09:24 | 成都便り | Comments(0)

成都便りー3

成都便りー3

中国だい好きの皆さん:

 お元気ですか。

 成都はここ数日太陽が出て急に初夏の陽気になりました。中国の都市は何処も春が短く、直ぐに夏が来るようです。1か月半経つと大分成都の街に慣れてきました.


成都は天府広場を中心に南北に人民北路・南路、東西に人民西路・東路が伸び、その周囲に3本の環状道路とその外に外環高速道路が有ります。更に第2環状と第3環状の間に2.5環状道路が走っています。地下鉄は東西・南北に走っており、ほぼ外環高速道路まで開通して、更に5系統の計画があります。また、東西・南北の道路以外に第2環状道路から10本の道路が郊外に延びています。改めて地図を見ると大変判りやすい都市計画になっています。道路はほぼ片側3車線で、歩道寄りの1車線はバス専用となっています。此れにより、交通渋滞してもバスは順調に走行できます。

 運転マナーの悪い中国ですが、このバス専用路線は不思議なくらい良く守られています。中国の市内バスは、旧式が1元、空調付きの新しいバスが2元ですが、成都では旧式バスを殆ど見かけません。成都ではバスのプリペイドカード(公交卡)を市民全員が持っているようです。月別にチャージしてバス料金が半額となる仕組みとバスは1割しか安くなりませんが地下鉄にも使える仕組みと2方式有り、何れも同時にチャージすることができます。多分新型バスを導入したときに旧料金での利用を考慮したものと思います。コンビニでも、チェーンストアーでもチャージできますので使いやすいです。因みに地下鉄も2元です。
 
 成都駅は北駅がメインで、名所旧跡は西に多く、東と南は新興開発区域といった感じです。2.5環状沿いに鉄道工事が進められており、南駅が7月に竣工します。ここが成都と昆明を結ぶ鉄道の始発となります。また成都―西安―北京を結ぶ高速鉄道も工事が始まっており、インフラと都市機能の整備が順調に進んでいます。
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近くの養蜂箱の後ろの高層マンション

 四川師範大学は東南に延びる道と2.5環状道路の交差する内側にあり、市街地と新興住宅地の境に位置します。幹線道路の一つに面していますので、バス便はとても良いです・成都の中心は未だ大型ビルを建てていますが、ほぼ整備が整い、第2環状、2,5環状の交通便の良い場所に大型ショッピングモールが建ち、今盛んに郊外に向けて大型のマンション群が建設されています。大学周辺でも見えるところだけで4か所、南に向かった道路の延長上には1kmに1か所と大変な建設ラッシュです。価格も㎡8,000円位し、1回の分譲がほぼ500戸くらいです。今年は公共住宅が3万戸、民間住宅が10万戸位新たに供給される様です。大学も郊外の分校キャンパスの隣地に「川範・学府城」と名付けた住宅を開発供給しており、門に一番近い場所の展示営業所を設けています。
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校内のマンション販売センター

 成都は公園や道路・街区に緑の多い街で、特に2.5環状の外側は道路の両側20mをすべて緑地地帯にしており、また市は第2環状の両側の建物は屋上緑化を進めると発表しています。大学からバスで南に向かって5つ目の停留所に「三圣乡花卉市场」という花市場があります。此処は2003年に成都市が花博を開いた場所で、広さが200万㎡(縦1km・横2km)の規模があり、数百件の花屋が集まっています。昆明の花市場は卸市場でしたが、此処は殆ど小売り店舗です。鉢物の花・緑葉植物が中心で、切り花、屋上庭園用の植木もあります。品揃えの多さと、車顧客の多さに、この街のマンション生活の豊かさを感じます。因みに鉢物の花は15~25元(300~400円)、胡蝶蘭が1株35元、10株寄せ植えした豪華な鉢が380元(6,000円)、シンビジュームが1株120元、寄せ植え鉢が560元(9,000円)、椿や桜の植木は1本40元くらいです。
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 街に慣れることは食事に慣れることでもあります。値上がりしたのか地域差なのか良く判りませんが、食べ物は昨年より2割ほど高い感じがします。朝は部屋でパンを食べますが、休日は校門の周辺に行きます。昆明ではコーヒー店のモーニングサービスか小さな蒸篭に8個ほど入った小包子でしたが、ここにでは万頭か肉マンとお粥です。お粥も西安や昆明は米から煮る「粥(zhou)」でしたが、此処はご飯を煮た「稀饭(xifan)」です。「泡菜(四川の漬物)」と一緒に食べると腹がスッキリして気分が良くなります。因みに。万頭1元、肉マン1.5元、稀饭1元、泡菜0.5元です。私の朝飯は3元(50円)です。
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 麺類は普通の麺と米线(米の麺)とがあり、1両6元、2両8元、3両10元と表示してあり、どの店もほぼ同じ値段です。(1両は50gです)また、「抄手(chao shou)」という表示があります。初めは何か判りませんでしたが、ワンタン(馄饨)のことでした。ワンタンと言えばスープの代わりでしたが、此処では汁餃子の様な感じで、餃子より喉越しが良く、最近は専らこれを食べています。面白いのはスープの種類が色々あることです、抄手のメニューを見ると、口蘑(キノコの一種)、清汤、红汤、红油、辣麻と書いてあり、順番に辛くなっていきます。私は勿論清汤抄手を頼みますが、値段は麺と一緒で、1両、2両と注文します。ご当地の名物料理は火鍋ですが、未だ食べていません。
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 それから、この地では茶館は至る所にありますが珈琲店は余りないので美味しい珈琲を飲めません。また不思議に思うのは、どの都市でも理髪店が有りますが、此処では美容室ばかりで理髪店は未だ見かけません、理髪店も美容院も男女共に整髪してくれることは判っていますが、今のところ行く気にならないので、伸びた髪は自分で鋏で切っています。
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 今のところ専ら市内を探索していますが、また違うところに行きましたら様子を報告します。

2014.4.13
長尾圭介
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by zuixihuan | 2014-04-15 05:54 | 成都便り | Comments(0)

成都便り(2)

成都便り(2)

 

中国だい好きの皆さん:

 

お元気ですか。

私は成都に来て1か月です。天気は春めいてきましたが、青空が無く、太陽は4,5回一寸拝んだだけです。PM2.5も300位有るようです。でも成都の人は慣れっこであまり気にしていない様子です。

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先日(27日)やっとビザ(外国人居留許可)が取得できホットしています。昨年9月から中国のビザ取扱いが変わり、面倒臭くなっています。今回は大学側のJW202(留学招聘书)の発行が遅れ、ビザ無しで来て手続きをしました。2週間ギリギリで書類が揃い、申請してから20日でやっと許可です。以前より書類が沢山いることと時間がかかることはわかりましたが、仕組みは良く判りません。

 

学食の料理は味がまあまあで喜んでいましたが、油が多く最近一寸飽きて来ました。

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メニューは豊富で、料理をもらうところに「素」とか「」と書いてあります。初めは何のことか判りませんでしたが、「素」は野菜料理、「」(hun)は肉料理ということで10品以上ある料理から好きなものを選びます。安い料理はご飯に両一素(肉料理2品、野菜1品)で3.8元、少し高い料理でご飯とで5元です。材料と味が違いますので最近は後者ばかりです。

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バスで15分位のところに伊勢丹とイトーヨーカドーがあり、また部屋に冷蔵庫が有りますので、週末に買出しに行っています。朝食は伊勢丹のパンと牛乳、ゆで卵、ソーセージ、胡瓜、果物、昼は付近の店で麺か餃子か肉まんとお粥か、夜は学食か校門付近の食堂です。一日おきに場所を変えないとすぐ飽きてしまいます。校門の近くにセブンイレブンがありますが、お握りもおでんも余り美味しくありません。値段の高い店のマーボー豆腐は辛くて食べられませんが、安い店のは何とかイケますよ。

 

成都の市内バスにやっと慣れ、乗換場所の様子も判ってきましたので、週末は出歩いています。成都は長距離バスターミナルが9か所もあり、順番にその確認と市内の名所旧跡巡りをやっています。

成都市内の名所旧跡と言えば、後漢末三国志に出てくる諸葛孔明と劉備、関羽、張飛を祀る武侯祠、唐代の詩人杜甫の杜甫草堂、パンダ基地等が有名ですが、道教と禅宗の名刹がありますので、先ずはお寺参りからです。


青羊宮は市内北西部にある道教寺院で周代の創建と言われていますが、何回か歴史的な断絶があり、現存する宮殿は清代に再建されたものです。三清殿(正殿)の前の一対の黄銅製の羊は青羊と呼ばれ、12種の動物の化身と言われています。耳はネズミ、鼻は牛、爪は虎、口はウサギ、角は龍、尾は蛇、顔は馬、髭は羊、首は猿、目は鶏、腹は犬、尾は豚だそうで、中々面白いです。境内は広く、休日の散歩には丁度良い場所です。


市内北東部にある昭覚寺はバスターミナルの傍にあります。禅寺の名刹で唐代以降多くの高僧を輩出し、日本の禅宗ともゆかりが深い寺院で、禅宗の「祖庭」と言われています。境内は広く、文化大革命で破壊されたそうですが、伽藍全体が立派に修復され、多くの信者で賑わっていました。丁度法要を行っており、300人程の信者が本殿の前で読経をあげているところでした。僧侶も大勢おり佛教大学(?)も併設されています。

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ただ、中国のお寺を参詣するときに何時も違和感を感じるのは、門に一番近いお堂に布袋様(弥勒菩薩)が安置され、正殿に如来様、菩薩様が祭られ、別のお堂には閻魔様や仙人も祭られています。別の都市には大乗仏教と小乗仏教が同居する寺院もありましたが、昭覚寺も日本の禅寺の雰囲気はなく、道教と仏教をどう区別しているのか良く判りませんでした。


 成都にも桜の名所があります。市の北30kmのところに、青白江という新興住宅地があり、其処の鳳凰湖周辺の桜が満開という新聞記事を見て、先週2回バスを乗り継いで行ってきました。人は一杯(人山人海)でしたが、残念ながら早咲きの山桜か散り、遅咲きの日本の八重桜が一分咲き程度で、1週早かったようです。しかし、初めて郊外に行き、市場や街並みを見るだけでも楽しかったです。

 次はもう少し遠くに行こうと思っていますが、実現しましたらまた報告します。

 

2014.3.30

長尾圭介


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by zuixihuan | 2014-04-03 05:46 | 成都便り | Comments(0)

成都便り1

皆さん:

 お元気ですか。

 今年は成都の四川師範大学にいます。来て2週間、授業が始まって1週間で、少し落ち着いたところです。成都は毎日どんよりとした曇り日で、時折小雨が降り寒いです。空気は思った程汚染されていませんので、一安心しています。気候は昆明とは比べようもありませんが、西安ほど埃っぽくなく、マスクをしている人を殆ど見かけません。

 大学は2.5環状道路に近く、市の中心部の端に位置します。学生は以前は4万人いたそうですが、現在は車で20分程のところに新キャンパスを作り分割して、このキャンパスは1万5千人程だそうです。
留学生楼と宿舎は道を隔てて向かい合わせに有り、大変便利です。部屋は80元から160元で、値段差が有ります。私は160元の部屋を140元に値切って、此処に居付くことにしました。部屋は広く冷蔵庫とドライヤーが付いており、西安や昆明の部屋より豪華です。食事は大半を学生食堂で、たまに校門近くの食堂で食べています。学食は余り好きでは有りませんでしたが、此処は料理が美味しくて安心しました。ただご飯はぼろぼろで不味いです。
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右が宿舎で左がる留学生楼

 留学生は60人程で、クラスは初級2、中級3、高級1の6クラスです。授業は午前中2科目の日があり、また午前午後3科目の日もあり少し変則な感じです。案内書に毎日マンツーマンレッスンがあると書いてありましたが、残念ながら担当する学生(中国語系の本科生は先生)の負担が大きいということで昨年から廃止になっています。私のクラスは、アメリカ1人、ルーマニア2人、タイ1人、イタリア1人、ポーランド1人、韓国1人と私で8人です。丁度良い人数で楽しくやっています。日本人は7年成都にいる同年代の男性1人、数年在住して流暢に話す中年女性が1人、それに名古屋の交換留学生が男女1人づつです。
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大学南門で7年居る日本人留学生と

 校内は緑が多く、梅・海棠・木蓮が散りかけで山桜が丁度満開です。柳の新芽は出かかっていますが、梧桐(鈴懸の木)は未だ芽吹いていません。
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 成都は5年前に来たことがあります。その時は、高層ビルが少なく落ち着いた街の印象でしたが、中心部は高層ビルが、また周辺には高層アパートが林立し、発展の速さに驚きます。
 東西、南北の地下鉄が開通し、更に7号線までの工事が進められています。また、至るところで道路拡幅工事が行われており、大学近くでは高速鉄道工事が行われており、大変活気があります。

 私は未だ名所旧跡に行っていませんが、3か所ほど繁華街や大型ショッピングセンターの有る処に行って来ました。中国の大きな都市には必ずヘソの様なところがあり、周辺が繁華街に成っています。成都の場合、天府広場が丁度市の中心で主要道路と地下鉄が交差しています。周りはオフィス街で、繫がって一番賑やかな春熙路があり、此処には伊勢丹とイトーヨーカドーがあります。また、四川大学に近くに新興の繁華街があり、此処にもイトーヨーカドーが買物は大変便利です。また火车南站近くにこれまた信仰の大型ショッピングモールがあり、大変賑わっています。成都の購買意欲は極めて旺盛です。

 西安の街は方形で、また昆明は面積が狭いので直ぐ慣れましたが、成都は街の規模が大きく、未だ慣れていません。街を歩いていますと成都市民は何となく穏やかで、ゆったりした感じがします。

 先ずは、到着2週間の報告です。
少し暖かくなったら郊外にも行こうと思っています。また、様子をご報告します。
 皆さん、お元気で日本の春を楽しんで下さい。

再見!
2014.3.9
長尾圭介
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by zuixihuan | 2014-03-10 04:46 | 成都便り | Comments(0)