東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

上海万博を見物してきました

上海万博を見物してきました                             内田 知行

8月1日から29日まで、勤務先の大学の研修引率者として上海にいました。今夏の上海は連日猛暑が続き、大変厳しい毎日でした。8月7日(土曜日)の一日、人並みに万博をエンジョイしてきました。以下はその簡単なレポートです。
 
朝8時半に大学の宿舎前に集合し、バスに乗りました。バスを第7ゲート前で降りました。第7ゲート前で午後8時50分に再集合ということであとは自由見学となりました。
じつはゲートを入って正式の入場門の手前で長蛇の列ができていました。通過に30分くらいはかかりました。入場者の頭のうえを扇風機つきの噴霧器が水滴を撒くので、すこし涼しいのです。夏の朝の朝顔の気持ちがわかりました。
もっとも朝顔とちがって、押し合いへしあいの列も相当なもの。原因は、飛行機に搭乗するときのような厳重な持ち物検査なのです。
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もちろんペットボトルは没収です。そのかわり中の売店では3倍近くの値段で売っています。中国国内では、少数民族の民主化人権運動が一部で激化しているので、いわゆる「テロ」にたいする厳重警戒態勢を敷いているのでしょうか。警察国家・中国の一面かと、入る前から勘ぐってしまいました。私は学生諸君から分かれて、マイペースであまり並んでいない小国の展示館に入ってみました。見学したパビリオンと簡単なコメントを付けます。

1 ウクライナ(雑駁な説明。民芸品や記念品を売っているだけ)

2 クロアチア(通路の両側にワイドスクリーンで社会の説明をしていたが、説明は不十分。クロアチア産のネクタイやスカーフを売っていた。『クロアチア旅行交通地図』と『クロアチアの文化遺産』と題する中文パンフをもらった)

3 ノルウェー(森林の国をアピールするという趣旨で合板材で館内が作られているが、安普請のプレハブ小屋の感じ。映像紹介は多いものの歴史や文化経済などの説明はほとんどなくて、手抜きの印象である。『オスロ』、『ノルウェーの観光路線』と題する首都紹介の中文パンフをもらった)

4 リトアニア(バルト海沿海の小国。映像資料も説明内容もなかなか細かくて工夫がされている。展示からは、中国との友好関係に力を入れていこうとする意欲が感じられる。
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展示によると、「中国の領土に最初に足を踏み入れたリトアニア人は、Andrius Rudamina で、彼は17世紀に中国に派遣された。このときに彼は中文の著作を発表したが、中国で中文の著作を発表した唯一のリトアニア人である」、「リトアニアの旅行家Matas Salcius (1932年に中国で生活した)の統計によると、1930年代に上海に永住していたリトアニア人は約200人で、「リトアニア商場」や「Kauno パン店」、「Vilniaus 食堂」が上海で開業された」とある。私たちの知らないリトアニアと中国の関係が紹介されている。館内のリトアニア民族レストランにもそこそこ客が入っていた)

5 リビア(今となっては珍しいアラブの社会主義国。砂漠の灌漑・緑化事業を紹介する。記念品や民芸品売り場もなくて、商売っ気のない真面目な展示。これもお国柄か)

6 ナイジェリア(ちょっと印象の薄い国)

7 アンゴラ(西南アフリカの新興国で、中国への資源輸出国との由。渋谷のアパレル会社に行ったことのある男性エンジニアと名刺を交換した。ブラックアフリカの土俗的でカラフルな絵画作品を展示していた)

8 アルジェリア(入り口から曲がりくねって上がっていくと、首都アルジェのカスバを象徴するような高台に出る。そこで、現代アルジェリアの紹介フィルムを観る。帰り際にアルジェリア美人から「サハラ砂漠」の写真集、「カスバ」探索地図と、アルジェリア地方都市を紹介するDVDを2セットもらう。ジャン・ギャバン主演の『望郷』のことやジダン選手のことを話題にするとけっこう受けました)

9 チュニジア(美容の油を売っていたり、陶芸や金属細工の実演を見せてくれた)

10 スロベニア(代表的な文化人や芸術家を紹介しながら国家の歴史を説明する。足元に見えるのは家々の屋根かと思ったが、よく見ると同国で刊行された本のコピーだった)

11 アフリカ連合館(最も規模の大きな連合館。40余の国が出展。独立した「館」というよりも紹介の「コーナー」。くたびれてしまって3分の2の国は素通りしてしまった。文化や歴史を紹介する国もあったが、なかにはアフリカにおける位置も示さず、民芸品や特産品の展示即売を中心にする国もあり。ほとんどはパンフレットも準備していない。パンフをもらったのは、最古の独立国エチオピアだけ。それにしてもかつてのアフリカの星、ガーナやセネガル、ケニヤ、タンザニアなども独立した国家館を建てる財力がないのがちょっと悲しい。日露戦争の英雄・東郷平八郎元帥にちなんで国名がつけられた「トーゴ」ではちょうど同国からの使節が訪問しており、その一人の技師先生と名刺を交換した。

面白かったのは、西アフリカの大西洋上にある群島国家「カーボベルデ」国の展示。
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「Global and Small Cape Verde」(仏得角)は15世紀にポルトガル人に発見され、ポルトガル人やその他のヨーロッパ人の移住が始まったが、同時にアフリカからも黒人が移住した。そこで、赤道アフリカの黒人と違って混血の結果、肌の色も骨格も違う黒人がここでは形成されたようである)

 さて、だいぶくたびれたけれども、地下鉄に乗って(運賃は無料)浦東の企業館群に夕方6時ごろ移動しました。駅から近くにある「日本産業館」は混んでいたので、敬遠しました。隣の「城市足跡館」など3館を見学しました。

12 城市足跡館(中国の名所旧跡のコピーのような展示。2階には興味も持てなかったので、すぐに出た)

13 国家電網館(上下と四方のガラスの壁全体からなるパニック・ルームが面白かった。昼間はずいぶん長い時間並ぶようであるが、十数分で入ることができた)

14 国家鉄路館(鉄道の過去・現在・将来についてリアルに説明していた。昔の蒸気機関車の現物やいまの中国新幹線車両の展示もあり。
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上海鉄路局管内の最新時刻表を購入してきた。鉄道マニアには楽しい展示が少なくない)

15 日本産業館(なにも見ないで、最後にチキンカレーを買って食った。まずかった。35元)

夜8時50分に再集合。9時半過ぎに宿舎に戻る。今日はよく歩きました。
面白かったのは、中国人が「万博パスポート」を手にもって、どこのパビリオンでもスタンプを捺してもらおうと並んでいたこと。なかには2、3人分の「パスポート」を持って並んでいました。きっと子供さんにせがまれていたのでしょう。
中国人は実利思考の民族だからきっとスタンプを集めると、金券をもらえるとか、プレゼントをもらえるとかいうことがあるのだろう、と勘ぐっていました。そのことを友人の上海人に尋ねたら、まったくの入場記念だそうです。
それにしても、「ここはどこの国だっけ?」なんて言いながら入っていくおばちゃんを見るのは楽しい。人気のサウジアラビア館などは昼間だと4、5時間も待つといいます。日本館だって1、2時間は待つそうです。結局、普通に庶民の口から名前の出てくるような国のパビリオンにはひとつも行きませんでした。

中国の庶民は、万博見物を通じて何を学んでいるのでしょうか。私は、ふたつあると思います。第1は、自分の希望を実現するためにきちんと整列することです。第2は、これまで興味のなかったアフリカ・ラテンアメリカ・欧州などの小国について学んでいることです。庶民も国家とともに途上国から新興工業国に脱皮しようとしているのです。私は高度成長時代に開催された大阪万博には行きませんでしたが、きっとその時代の日本人も同じ体験をしたのでしょう。
最後に、月末に重慶から上海にやってきた息子を誘ってもう一度行こうと思ったのですが、「ばくには興味がない」と言われ、替わりに日本食レストランとステーキハウスに連れて行きました。

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by zuixihuan | 2010-09-06 08:02 | 読者の投稿 | Comments(0)