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by zuixihuan

ノーベル賞報道をめぐる雑感


ノーベル賞報道をめぐる雑感


内田知行


2010年12月11日(土曜日)。この日の新聞には北欧からのノーベル賞受賞のニュースが一面に報道されていた。ストックホルムからのニュースは、化学賞を受賞した二人の日本人化学者の喜びを伝えていた。もっとも、私が関心を抱いたのはオスロからの平和賞の受賞報道である。平和賞授賞式の写真が新聞の一面に掲載されていた。

今年度の受賞者は、自国の不自由な政治体制を批判している勇気ある知識人だが、彼は政治犯として獄中にいるために受賞の喜びを人々と分かち合うことができない。授賞式では、にこやかに微笑む主役の大きな写真の下に、空っぽの椅子が配置されており、椅子の上には受賞証書とメダルが置かれている。報道によると、過去にノーベル平和賞の授賞式に出られなかった受賞者は4人いる。1935年のカール・オシエツキー(ドイツ人、ナチス政権によって収容所に送られていた平和運動家)、1975年のアンドレイ・サハロフ(旧ソ連の専制政治を批判しつづけた人権派の科学者)、1983年のレフ・ワレサ(ポーランドの旧自主管理労働組合「連帯」議長)、1991年のアウンサン・スーチー(ミャンマーの女性民主化運動指導者)である。彼らのうちサハロフとワレサはそれぞれ夫人が代理出席し、スーチーは夫と息子が代理出席した。なんと証書の受取人のいない授賞式はオシエツキー以来である。夫人は自宅軟禁状態で携帯電話も強権的に切断されているという。平たく言うと、夫人や親族が本人の代理として出国することすら認めていない彼の国は、悲しいかな、ナチス・ドイツ級の反人権体質の国家なのである。この国の政府はノーベル平和賞の授与を「政治的な茶番劇」と論評しているのだが(朝日新聞12月11日)、他方でこの国の政府はノーベル平和賞の向こうを張って12月10日に「孔子平和賞」なるものの第1回受賞者を決めた。栄誉ある第1回目の受賞者は、連戦(元「中華民国副総統」)であるが、受賞を通知されていなかった連戦はもちろん授賞式には行かなかった(東京新聞12月10日)。私たち常識人は、これを「政治的な茶番劇」という。「中国はひとつ」とよく言うが、もうひとつの中国=台湾の馬英九総統は12月10日、台北市内であった「アジア民主人権賞」式典であいさつをして、今回のノーベル賞受賞を歓迎し、「本家」にたいして受賞者の牢獄からの釈放を改めて求めた(朝日新聞12月11日)。「本家」は「分家」に古色蒼然としたネーミングの賞なんかやるよりも、「分家」のまともな議論を粛々として受け入れたほうがよい。そもそも孔子なんていう哲人は平和よりも忠君愛国、父権への孝行のシンボルがふさわしい。

オスロで開かれた授賞式では、ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長が、「平和賞は中国への抗議ではない」と言葉を選びながら、人権は普遍的な価値であり、西欧基準の押しつけではない、と強調した(東京新聞12月11日)。授賞式後の夕食会にはノルウェー国王を始め各国大使など約1300人が列席した。そのなかには、香港や米国からやってきた約50人の中国人の民主活動家も含まれる。同夜は受賞者を祝う恒例の「たいまつ集会」が地元市民たち1000人以上を集めて開かれたという(東京新聞12月11日夕刊)。

受賞者の母国は、受賞決定直後にはまず受賞の国際報道を封殺し、国内で報道を遮断した。それが不可能とみるや受賞者へのネガティブ・キャンペーンを始めた。たとえば、党機関紙傘下の国際情報紙『環球時報』(11月1日)は、受賞者を「アメリカ情報機関と関係する組織から資金を受け取っていた」「(1989年6月の天安門事件後に逮捕されたさいに)号泣して助けを求めた」云々と中傷した。そして、中国の「人権観」は西欧のそれとは異なると主張し、「国家主権の保全こそ、国民の人権や自由の基礎となるものである」(チャイナ・デイリー)という議論を提起している(朝日新聞11月5日)。どうも、彼の国の権力者たちは、国家主権の名の下で人民の権利や自由を封殺した諸外国の歴史を学んだことがないようである。それが難しければ、「中華民族主義」という国権を高揚させながら自国内の少数民族の人権を抑圧するわが身を省みればよい。

もっとも、受賞決定前後に、同国では、私が尊敬する李鋭老人を筆頭とする気骨のある知識人23人が「言論と出版の自由」を求める公開書簡を発表したことは、つとに知られている。この公開書簡の発起人であった75歳の鉄流は、平和賞の受賞は「当然」としたうえで、「欲張りで腐敗したこの国の利益集団が人民の富を略奪し、世論を封殺している」と厳しい批判をしていた(朝日新聞11月7日)。だから、いまさら私が屋上に屋を重ねるようなコメントをする必要はないかもしれない。いずれにせよ、かの国の権力者たちは、受賞者とノーベル賞委員会にたいしてさまざまなやり口で品のないケチをつけてきたが、授賞式当日の12月10日、彼の国の外務省副報道局長は、受賞を「内政干渉であり、断固反対する」という、大国らしからぬ小児病的な談話を発表した(朝日新聞12月11日)。そして、最後には、授賞式に招待された国々への出席妨害を図るというえげつない挙に出たのである。すなわち、彼の国の政府高官は、「誤った選択をすれば、結果に責任を負わなければいけない」と招待への欠席をもとめ、世界第二の経済力を背景に「踏み絵」を迫ったのである。その結果として、65の招待国のうち17か国が欠席したという(朝日新聞12月11日)。

主人公のいない式場では、ノルウェーを代表する名女優リブ・ウルマンが、受賞者が2009年12月に裁判審理で読み上げるために書いた「私には敵はいない」と題した陳述文の英訳を代読した。良心と理想と品位に満ちた文章である。「私の心は、いつか自由な中国が生まれることへの楽観的な期待にあふれている。いかなる力も自由をもとめる人間の欲求を阻むことはできず、中国は人権を至上とする法治国家になるはずだ。私は、こうした進歩が本件の審理でも体現され、法廷が公正な裁決をくだすと期待している、歴史の検証に耐えうる裁決を。……私は期待する。私が中国で綿々と続いてきた言論による投獄の最後の被害者になることを。表現の自由は人権の基であり、人間らしさの源であり、心理の母である。言論の自由を封殺することは、人権を踏みにじることであり、人間らしさを窒息させることであり、審理を抑圧することである…」(「劉氏の代読文書 私には敵はいない」朝日新聞12月11日)。

本国の市民たちがこの理想主義的で風格のある文章を母語で読むことができないのが、私にはなんとも惜しまれる。もっとも、「歴史は私に無罪を宣告するであろう」と格調の高い弁論文を読み上げて下獄したフィデル・カストロがキューバ建国の父になったことや、獄中にいた詩人ハベルがスターリン型社会主義から民主主義への無血革命ののちチェコ大統領に選ばれたこと、さらには青壮年期の大半を獄中で過ごしたのち反アパルトヘイト闘争を勝ち抜いたネルソン・マンデラが南アフリカ共和国の大統領に選ばれたことなどを想起するならば、遅かれ早かれ今引用した文章の全文が中国語で読める時代がくるかもしれない。その時期の早からんことを切に願う。蛇足ながら、授賞式を欠席した招待国のなかにキューバがあったことは、残念なことである。フィデルの革命の理想よりも国益を優先したということであろうか。

なお、翌11日午後のTBSラジオの番組でニュース・キャスターの久米宏が「新生の共和国の大統領になるかもしれない人物」というコメントをしたことには、思わずうなずいてしまった。指導力のある政治家も哲学者もいないわが国の現状と比べて、専制権力者のいる国には立派な哲学者も同時に生まれるんだなあ、とつくづく思った。

12月11日の夜は、最近買ったDVDを我が家で観た。クリント・イーストウッド監督のアメリカ映画『負けざる者たち』(INVICTUS)である。モーガン・フリーマンが27年間の獄中生活から解放されて大統領となったネルソン・マンデラを好演している。マンデラは大統領就任後、旧支配者だった白人への復讐心を否定し、彼らを赦して、国民の心をひとつに結びつけるために尽力する。民族の融和のためにマンデラが着眼したのは、白人が独占したスポーツだったラグビーである。弱小のナショナルチームは、肌の色の違いを超えて人びとに愛されるチームとなり、ついには1995年の南アフリカ・ワールド・カップで優勝する。非暴力によって反アパルトヘイト闘争を勝ち抜いたマンデラの理想が鮮やかに描かれた、スポーツ映画である。もちろん実話に基づいた物語だ。映画のクライマックスは、南アフリカとニュージーランドとの決勝戦である。「自由のためにともに生きよう」という歌詞をもつ新生南アフリカ国歌があらゆる肌の色の人々によって歌われる。ニュージーランド・チームは、試合の直前に「マオリ族の出陣の踊り」をグラウンドで舞う。これは、ニュージーランドがすでに少数民族マオリ族との融和をなしとげた人権と民主主義の国家であることを示唆する場面である。日本人の一人としてはうらやましい光景だ。

映画の終わりに、マンデラの理想が女声の独唱にのせて謳われる。

私には大きな夢がある        とても大切なすばらしい夢

国ぐにが互いに結びついて      ひとつの世界になること

あらゆる人びとが手をたずさえ    ひとつの思い、ひとつの心に

すべての信条、すべての肌の色が   垣根をこえてひとつに集まる

自らの可能性を探りながら      それぞれの力を発揮していく

勝っても負けても引き分けても    みんなの心に勝者が宿る

世界の国ぐにが互いに結びついて   ひとつのゆるぎない世界に

運命をつかもうと努力するなら    新しい時代が開けていく

険しい山を越えようとも       荒々しい海を渡ろうとも

いつかくる輝かしい日のために    誇りをもって進んでいこう

もてる力をすべて出しきり      ともにゴールをめざすなら

勝っても負けても引き分けても    みんな勝利を手にする……

この映画は白人と黒人とのあいだの憎悪を溶かし、反目を乗りこえ、ひとつの社会、ひとつの世界を非暴力で実現した指導者の物語である。ネルソン・マンデラと劉暁波の共通点、それは言葉に自分の理想を懸けて、非暴力で世界を変えようとする(変えていった)意志の強さである。彼らは、言葉(ペン)によって不条理の国家権力に立ち向かっている(立ち向かった)。それゆえ、暴力で屈服させようとする国家権力は彼らを恐れるのである。

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Commented at 2010-12-20 09:21 x
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by zuixihuan | 2010-12-15 04:18 | 読者の投稿 | Comments(1)