東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

昆明便り(3)

昆明便り(3)
・・・西双版纳の腌酸鱼と古树茶・・



中国だい好きの皆さん:
お元気ですか。

 昆明は朝晩半袖で過ごせる様な爽やかな陽気になりましたが、雨季に入った様で、晴れていても、一日1回急に雨雲が出てきて、スコールのような雨が降ります。昆明に来て3ヶ月が経ち、雲南が段々面白くなってきました。

 雲南は夫々の都市や町や村が地勢、気候、民族、風土等が違います。また、少数民族だけでも25の民族が住んでいますので、名前や違いをおぼえるだけでも大変です。私は昨年北方の香格里拉、丽江、大理を旅行しましたが、今年は3月に東方の罗平の菜の花畑を、4月に南方の元阳に棚田を見に行き、5月のゴールデンウイークは西方の凤庆と沧源に行きました。

 今回は端午の節句(6月6日)の連休を利用し、北海道ご出身で昆明在住5年の雲南師範大学日本語学科の田保先生ご夫妻と西安交通大学以来の老朋友新城さんと一緒に5泊6日で南西方のラオス、ベトナム、ミャンマーに国境を接する西双版纳に行って来ました。雲南の旅行は行く先々が博物館のようで変化に富んでいますが、私に取って今までは何となく総花的で取っ付き難い感じがしていました。今回の旅行は市場と茶畑、具体的には腌酸鱼(日本の熟れ鮨に似た傣族が作る米に漬けて発酵させた魚)と野生種の茶畑と古代木そして普洱茶(プーアール茶)を作っている所を見に行くことにしました。行き先は景洪市(西双版纳)を拠点に、面白い市場がある二つの町と、茶の生産地として知られている3箇所の山です。

 昆明から景洪までは575km、行きは飛行機で50分です。

景洪市はシーサンバンナタイ族自治州最大の街で澜沧江(メコン川の上流)の西に広がっています。ホテルにチェックインして食事をしたら直ぐに出発です。空港から乗ったタクシーの運転手が人のよさそうな傣族でしたので半日チャーターすることとしました。チャーター料は200元です。

 景洪の東約30kmに基诺山(ジノー山)がありますが。中国古六大茶山の一つで中国少数民族最小(2万人程)のジノー族が住む地域です。山裾の田んぼや茶畑は傣族で、ジノー族は中腹から上で茶畑を作っているようです。
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ジノー山茶畑

古くは攸乐山•攸乐族(youlezu)と呼ばれたようですが、現在はお茶のブランドとして基诺山・攸乐山が共に使われています。ジノー族は民族文字や姓を持たない原始的な社会生活をしていたようで、お茶の作り方を教えたのは、清代の漢族だそうです。お茶の樹は自生していたようで、山の奥には千年木が有るそうです。村をそのまま囲い込んだような景区があり、民族衣装や暮らしぶりを見ることが出来ます。
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ジノー族と一行四人

 運転手に言って、近くのお茶の工場を案内してもらいました。工場は3種類の品質の違う普洱茶を日干ししており、内モンゴルに出荷するという砖茶(煉瓦状に固めたお茶)を作っていました。また、1回分の小さい沱茶(丸く固めたお茶で大きさは様々)を販売用の箱に詰めている所でした。
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ジノー山煉瓦茶

 お茶の本を読んでいても作業工程の言葉の意味が判らず、種類も数千種あるといわれており、混乱混同していましたが、今回の旅で工程や道具等を知ることが出来、大まかなことが少し判りました。

普洱茶(プーアール茶)の初めの工程は緑茶と同じで、処理が終わった茶葉に微生物が自然に付着するようです。古代、茶馬古道を通ってチベット、モンゴルや歴代の都があった中原地域に運ぶ途中で更に熟成し、美味しいお茶になったようです。茶葉に付いた微生物は生きており、年数が経てば経つほど熟成が進み、値段も高くなるようです。昆明の街中のお茶屋さんでも産地をブランド名にして生産工場と生産年月を商品に表示しています。お茶が生きていますので、保管場所が問題です。雲南のお茶の産地は、北は大理から南は西双版纳に広がっていますが、主産地は南の澜沧江(メコン川の上流)の両岸地域のようで、普洱茶の名前が付いた普洱市は古来からの集積地だそうです。
 
普洱茶(プーアール茶)の作業工程は次の手順のようで、散茶と言われる茶葉(固める前の茶葉)を作るまでは、緑茶の製法と同じです。後処理が多種多様です。

(1)[萎凋]
先ずお茶の葉を採取してから、涼しくて清潔な室内に広げて一晩程度水分を飛ばして萎びさせます。
(2)[杀青]
お茶の葉は直ぐ酸化するそうですので、蒸すか、鍋で炒めるか、釜で煎る(烘)かして酸化を止めます。蒸すところは未だ見ていませんが、大鍋とドラム式の大型の釜は見ました。
(3)[揉捻]
そして、時間を置かず茶葉を揉みます。一般の工場は揉捻の機械を使いますが、高品質の茶葉は200度の鍋の中に手を入れ20分ほど揉みます。
(4)[乾燥]
 乾燥の方法が三種類有るようです。一つは太陽に二日程晒す方法で「晒乾」と言われており、最も一般的な方法の様です。次が乾燥室(ムロ)で乾燥させる方法で「烘乾」で一日程で乾燥するようです。この室を持っている工場は限られるようです。
三番目は本に「炒乾」と書いてありますので鍋で乾燥させることだと思いますが、未だ見たことがありませんので良く判りません。
(4)[筛•簸•拣]
篩って、混ざり物を除いて、選り分けるという作業工程で、手で茶葉の形や色で、大体2、3種類に分けています。微生物は乾燥の段階から自然に付いているようで、この工程が終わったお茶が散茶で、早いものは摘み取りから3週間程で出荷できる様です。

 普洱茶(プーアール茶)は茶葉の種類、産地、採取時期、商品としてのお茶の形等によって商品名が分かれています。一般的な茶葉は野生種を何代にも渡って品種改良しているようで、地域によって葉の形や色が違います。野生種の茶葉は古樹茶と呼ばれ、取れる量が少ないようですが、我々には飲んだお茶の葉がどの種類なのかは良く判りません。

 お茶の栽培に適した土地は、海抜1200~2500mで年間平均気温15~20度、年間雨量1,200~2000mm、平均湿度75~80%と言われています。商品には必ず産地名が書かれており、専門家は飲み分けられるといいます。採取時期は2月上旬から11月下旬の10ヶ月です。時期によって呼び名が違い、特に清明節(今年は4月5日)の後10日間の茶葉に「春尖」という名前を付けていますので、この時期の茶葉が一番美味しいのかも知れません。「春尖」の他は、「明前春尖」、「春央」「春尾」「夏茶」「秋茶」に分類されています。売っているお茶には出荷時期は書いて有りますが、取れた時期を書いていません。専門家は判るのでしょうが、我々には全く判りません。

 商品としてのお茶の形は多様で、一般的な茶葉のままの「散茶」と散茶を独特の形に押し固めた「圧茶」に分類できます。「散茶」は外形やお茶の色等で14等級に分類され、更に一般的な針のような「銀針」と、丸まった「香珠」と、粉茶を米粒大に固めた「王中王」などがあります。 「圧茶」は古来からの形と近年作られた形があり、また現在でも特徴を出すために新たな形が作られているようで幾つ種類があるのか良く判りません。

一般的には、饅頭の形をした「沱茶」、茸の形をした「緊茶」、餅の形をした「餅茶」、レンガのような「砖茶」、柱のように長い「柱茶」、個別に形を作った「特形茶」等があり、また大きさも様々です。また、熟成した茶葉を整形した「塾茶」と未熟性の茶葉を整形した「生茶」に分かれます。

 二日目は、景洪市の西約40kmにお茶の産地として有名な勐海県があります。其処から更に南に約20km程行った処に勐混という小さな町(镇)があり、此処では日曜毎の定期的な朝市が開かれます。周辺に住む少数民族も買い物に訪れて、賑やかだというので行って見ることとしました。車は同じ運転手で、前日より少し遠くに行きますので、一日チャーター料は500元です。

 勐混の朝市は西双版納最大ということでしたが、人通りは少なく露天も飛び飛びで少し拍子抜けしました。それでも色々な民族衣装を着た人がいます。常設市場で腌酸鱼を探し、やっと見つけたものはキムチ漬のような熟れ鮨でした。昼食を取って、次の目的地南糯山に向かうこととしました。
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勐混市場

 南糯山は古樹茶で有名で、道の無い山奥には1800年の茶の樹があるというころです。其処は沢道を2,3km歩かなければならないので今回は諦め、車で行ける道から30分ほど歩くと800年の樹があるというので其処を目指すことにしました。但し、山道は四輪駆動車でないと登れないので、村の入り口で地元の人を探して、車での案内してもらうことが必要だということは聞いていました。

 村の入り口に行くと、4、5人たむろしており、車やオートバイがあります。寄ってきた人に聞くと山奥でお茶を作っていると言います。車が無いというのでタクシーに一緒に乗り、先ずは彼の家を目指しました。途中で道がぬかるみ、タクシーでは行けないというので往生していましたら、トラックが通りかかり、彼の村の入り口近くまで乗せてもらいました。

彼の村は「丫口新寨」と言いますが、家は数件しか見えません。彼の名前は「罗二」で次男ですが少し足が悪いようです。長男は「三大」で身障者です。家は三男の「三爬」夫婦が普洱茶(プーアール茶)を作って家計を切り盛りしているようです。

先ずは、彼らが作った普洱茶を飲ませてもらいました。向かいの家の屋上にもお茶を干しているので何かと聞くと滇红(紅茶)だと言います。ガイド料と考えて普洱茶と滇红を買うこととしましたが、滇红を作っているのは隣の家でした。

800年の古樹のあるところが判らないので彼に案内してもらって山道を歩いていましたら、オートバイが通りかかり、彼はそれに乗って先に行ってしまいました。村の名前の由来になったと想像出来るY字路で待っているものと思っていましたが、居ません。古樹があるところは案内人がいないと判りませんので、残念ながら、トラックで来た道を歩いて引き返すしかありません。幸いにも、タクシーの運転手は乗用車が通れるギリギリの処まで登って来てくれていましたので、助かりました。翌日も彼の車をチャーターすることとしました。料金は400元です。

三日目は、田保御夫妻は夜の飛行機で帰り、我々二人は更に足を伸ばすこととしていますので、余り遠くにいけません。そこで、景洪の南約20kmの「勐罕•橄榄坝」という傣族が住む町にいくこととしました。此処の常設農業市場は規模が大きいので有名で、案内書には腌酸鱼があると書いてあります。

先ずは市場に直行して腌酸鱼を探しましたら、何とありました。田保先生が買い占めますと売り切れです。腌酸鱼を売る人は二人程いましたが、それぞれ家で10個ほど作って市場で売り、売り切れると今日の仕事は終わったという感じです。塩漬けにした魚(テラピアかもしれません)を薄切りにしてご飯に漬けたもので、1ヶ月は保存できるといいます。日本の熟れ鮨に良く似ています。結構美味しくて、酒の摘みに最適です。

四日目は、茶馬古道の出発地点の一つで、山奥には1700年の古茶樹があるという「易武」に行くことにしました。片道3時間半で一日2便しかバスがありませんので二泊して、韓国人の友達に紹介してもらった茶工場を経営する李存良さんを尋ね、易武から更に山奥に入った野生種のお茶栽培しているを村の案内をお願いする計画です。

景洪市の標高が522mですので、1300mの易武までは800m程登ることとなります。易武までの山腹の急勾配な土地には随所にゴムとバナナの大農園がありました。勐混や勐罕に行く途中にもゴム農園が沢山ありましたが、大航海時代のプランテーションを連想させる風景です。西双版納に展開している農園のゴムは日本のブリジストンが買い付けているという噂もあるようですが、定かなことは判りません。どうも漢族と少数民族のことを考えてしまい、私に取っては良い眺めではありません。

易武の町は、日本の田舎町といった風情で、これといった特徴はありまぜん。大通りに面した色々な商店でも商売に関係なくお茶を作っているようで、店の前にお茶を干しているところが沢山有ります。バスターミナルの近くに宿をとり、早速李さんを訪ねました。

宿から李さんの家に行く途中に茶馬古道の出発点があり、古い石畳の道が残っていました。古道の入り口に小学校があり、古道の両側に古い造りのお茶屋さんがあります。一軒のお茶屋を一寸覗いてみましたら、丁度餅茶を作っていました。何処でも良く見かける「七子」といわれる357gの餅茶です。直径が20cm位の筒状の布袋に入れて目方を計り、それを蒸し器に差込んで蒸します。蒸し終わると、手で押さえてある程度形状を整え、石臼のような型重石を載せて整形です。暫くすると型重石を外し、棚に並べて乾燥させます。餅茶は散茶の6、7分の1程度に圧縮されています。

見とれていましたら、70歳ぐらいの店主がお茶を飲んで行けというので、店の奥に入り込みました。この店主は漢族で、先祖は200年ほど前の清朝時代に昆明に近い「石屏」から移って来たといっていました。易武は古来彝族が住んでいたそうですが、交易と共に漢族が入って来、更に他の少数民族も玉突きのように押されて移動してきたようです。現在住む少数民族は彝族(イ族)、苗族(ミャオ族)、哈尼族(ハニ族)、瑶族(ヤオ族)の四種族です。
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綿から糸を紡ぐヤオ族

易武には軍隊の施設があり、李さんの工場はその軍隊の映画館を10年ほど前に買い取ったものだそうです。工場の大きさも易武一だそうで、普洱茶(プーアール茶)だけを作り、しかも高額な古樹茶に扱い商売は繁盛しているようです。

 この工場には杀青用の大釜を据えた炉が10個位あります。揉捻の機械は1台ありましたが、余り使わないようです。乾燥は二種類の方法を取っていました。一つは茶葉を大笊に入れて太陽に干す晒乾です。もう一つは烘乾です。広さ10畳位の乾燥室があり、床下で薪を燃やして部屋ごと乾燥させています。手間がかかりますが、雑菌を抑えるためにも最良の乾燥方法のようです。

 易武から更に山奥に3箇所ほど古樹茶を作っている村(寨)があります。一つの村は崖崩れで道が通れないそうですが、麻黑寨(マーヘイジャイ)と刮风寨(グアホンジャイ)という二つの村には行けるそうです。翌日李さんの4WDで案内してもらうこととしました。

 麻黑寨は刮风寨に行く途中の村です。易武から山道を2時間ほど、高度差約500mを登ったところが刮风寨です。村は50戸ほどで全て瑶族だそうです。建物は木造の平屋建てで、屋内は土間作りになっています。庭には豚と鶏と犬が放し飼いで、何とも長閑なところです。女性は藍染の民族衣装を着ており、殆ど自分たちで作ったそうです。縁側のようなところで綿から糸を縒っている女性もいました。

 お茶を作っているところに行きますと、どの家にも専用のテーブルとお茶セットがあります。客をもてなすためにお茶を入れるのはその家の主ですが、此処では李さんがお茶を入れます。茶葉をもって近所の人も来ます。どうもお茶を入れる李さんの表情を見る彼らの目が真剣です。既にお茶取引の場になっているようです。

 お茶の買い付けの場に立ち会えるのは最高の経験です。李さんは3軒ほどの家を回り、5種類くらいのお茶を飲みました。1種類のお茶を10回程のみ、臭い味を確認し、茶葉を取り出して形や色等を見ています。我々には、何となくお茶の味が違うことは判りますが、品質や値段の違いは全く判りません。

 中国で何所の都市でも良く見かけるお土産用の七子の餅茶は大体200元から300元でした。昆明では100元から200元位です。この餅茶3個で大体1kgです。李さんが買い付けたお茶は、1kg350元と400元と800元の3種類です。400元のお茶も春は倍の800元するそうです。800元で買い付けたお茶も、相手の最初の言い値は900元で、買値は600元からの交渉だったそうです。これらのお茶は工場で餅茶に整形して、中国では香港と広州に、海外は韓国やシンガポールに出荷するそうです。小売値は餅茶1個で1200元から1500元だそうです。

 野生種の茶の樹は、新芽が出るのに時間がかかるようです。また、茶の樹の植え方も、畝を作らず、それどれの樹を独立させて植えてあります。お茶を入れますと、10階入れても色や味が変わりません。
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千年茶樹
麻黑寨の近くに千年の茶の古木があるそうで、帰りに見てきました。思ったほど太くはありませんが、高さが20m程の立派な樹でした。4月頃にはこの樹からも登って茶葉を摘み取るようですが、どうやって取るのか判りません。

 今回の旅行で雲南茶と茶馬古道に興味を持ち、その取っ掛かりを見つけたような気もしますが、何れも奥が深くて、次をどうするかは未だ考えていません。
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茶馬古道始点

7月中旬頃に帰国する予定です。
また、皆さんのお会いできるのを楽しみにしています。

再見!
2011.6.11
長尾圭介

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by zuixihuan | 2011-06-13 21:38 | 昆明便り | Comments(0)