東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

成都便りー6



成都便りー6

中国だい好きの皆さん:


お元気ですか。


今学期も終わり、今成都の名残を惜しんでいるところです。10人いたクラスも最後の出席者はイタリア、ルーマニア、タイと私の4人です。

b0098096_08464398.jpg

川師大学も各所で卒業写真を撮影しており、また学生の大移動で臨時の郵便局が大繁盛です。 

b0098096_08471416.jpg

初めて生活する都市は右も左もわからないところからスタートですから、中々楽しいです。到着すると、先ず宿舎で値段交渉をして部屋を決めて、インターネットの接続確認をします。宿舎によっては電気ポットとテレビ以外何もないところもありましたが、四川師範大学の宿舎は校内にありますのでホテルの看板は揚げていませんが、ホテル並みの運営をしており、冷蔵庫も付いています。次に銀行を確認して、スーパーに日常品の買出しに行きます。宿舎で一息ついたら、校門とその周辺、校内の食堂や商店、郵便局等を確認します。此処まで来ますと少し落ち着きます。

 翌日、銀行で両替して、入学手続きとビザの申請手続きをし、クラスと教科を確認すると学校の手続きも終わりです。そこで新聞スタンドで市内地図とバスの路線小冊子を買い、自分の居場所や近くの停留所を通るバスで何処に行けるか、じっくり調べます。

全ての地名が初めてで馴染みがありませんので、初めは実際に行ってみないと覚られません。今回は授業が始まるまで1週間ありましたので、2か所のイトーヨーカ堂と伊勢丹と本屋を先ずは確認です。

 授業が始まり、5月1日のメーデーまでの2か月は授業についていく期間で、真面目に予習をやります。この期間を過ぎますと、教科書と先生の教え方にも慣れますので、そろそろ授業をサボって遠出の旅行をしたくなります.端午の節句を過ぎますと、クラスの学生も半分以下になり、惰性で授業に出ているような感じになります。

 

成都盆地は平坦で広く、都市計画とインフラ整備が良いバランスで進んでおり、今も盛んに不動産開発が行われていますが、落ち着いた住みやすい都市です。トヨタ、ホンダ、マツダ、フォード、ホルクスワーゲン、GM、プジョー等の自動車工場やのフォックスコン等の大型の情報機器や電気の組み立て工場が多く、生産活動も活発です。重工業が少なく組み立て工場が多いせいか空気の汚染も自動車の排気が主で余り気になりません。主要物流は上海から長江を溯り、重慶で陸揚げし陸路で成都市内と結んでいるようで、郊外に大型の保税倉庫もあります。


車は多いのですが、主要道路が大体片側3車線で、その外側に自転車専用車線と歩道があり、郊外では更にその外側に広い緑地帯があります。

b0098096_08492497.jpg

他の都市と違うのは歩道側の1車線が市内バス専用路線で一般車が入って来ないのと、一般車も抜きつ抜かれの我先の運転をしていません。東西、南北の地下鉄が開通していますが、市民の足はバスです。市バスはラッシュ時でもスムーズに運行しますので、気分が良いです。今盛んにマナーキャンペーンをやっていますが、バスの乗車も割り込みは少なく、若者は年寄に席を譲ります。道を歩く人もゆったりとしていますので街に出てイライラすることが有りません。北京等の都市では、高速道路でナンバープレートの末尾番号の奇数偶数で利用制限をしているそうですが、成都では一寸厳しく月曜日は1と5、火曜日は2と6、というように規制し、平日の渋滞を分散しているようです。

b0098096_09021403.jpg

7年前女学生は殆どジーパンでしたが、此処ではミニスカートかショートパンツです。街に出ても皆良い服装をしており、貧困や格差を感じません。商品も以前は安かろう悪かろうという商品と良いけど高いという商品の両極端でしたが、最近は値段も手ごろで良い品質の商品が増えています。イトーヨーカ堂のバックや靴、衣料品は日本より品ぞろえが多いです。ユニクロの衣料品も70元(1,000円)程度の品揃えです。


四川料理は辛いので有名で、夏でも火鍋が繁盛していますが、唐辛子の入っていない料理もあり、我々も特段困りません。また、イトーヨーカ堂と伊勢丹には、日本人が作るパンや惣菜が有り、レストラン街には日本のテナントが入っています。価格帯を現地価格にしていますので、比較的安くて美味しい料理が食べられます。また、近くにケンタッキーがあり、モーニングサービスはハンバーグと珈琲で10元ですので、授業が早く終わる日や休日の午前中は煙草の吸えるベランダで予習をやります。


四川省は北に秦嶺山脈があり、三国志でも諸葛孔明の蜀と曹操の魏とが、秦嶺山脈を越えて互いに攻め込むために川の絶壁に掛けた狭い桟道を使って何十万の兵を移動させる話が出てきますが、今もその遺跡が残っています。また、毛沢東率いる紅軍の長征も直接陝西省に入れず甘粛省を回って延安に行っています。中国は秦嶺山脈を境に北方と南方に文化圏(食文化の違いで良く使われます)を分けますが、この山脈は黄河と揚子江の分水嶺でもあます。

b0098096_08484166.jpg

四川省は北西にヒマラヤ山系の5,6000m級の山が連なり、川が網の目のように北から南に流れています。四川と言うからには大きな川が4本あるのだと思いますが正確には良く判りません。西のチベット自治区との境を金沙江が流れ、その東に有る雅砻江攀枝花で金沙江に合流します。更にその東を流れる大渡河は楽山で岷江に合流します。岷江は九寨溝辺りに源を発し、都江堰で成都盆地に入り、宜宾で金沙江に合流します。金沙江は此処から名前を長江と変えます。更に成都の東を流れる沱江泸州で長江と合流し、重慶に流れていきます。四川の川は殆ど長江に流れ込みます。


岷江は古来暴れ川で、紀元前3世紀(秦代)に都江堰で流域を分散する大掛かりな治水工事を行い、蜀の繁栄をもたらしています。この岷江と大渡河が合流するのが楽山で、楽山大仏は唐代にこの暴れ川を鎮めるために造られたものです。岷江は川が暴れるだけでなく、2008年の四川大地震はこの上流部です。

川は水運のみならず川沿いに道が作られ、四川省の主な地方都市は川の合流点です。1986年に成都の北40kmに三星堆遺跡が、2001年に市内北方に金沙遺跡がそれぞれ発見され、黄河文明に匹敵する長江文明の存在が注目されています。時代は新石器時代(5、6000年前)に遡りますが、子安貝や象牙が発見されており、古代インドと交易した西南シルクロードの存在を裏付けるものとして盛んに研究されています。西周時代(紀元前3世紀頃)の青銅器は他に類を見ない造形です。鋳造技術は中原から伝わったようですが、造形や用途は独自です。

半年足らずですので、遠くは四姑娘山と丹巴しか行っていませんが、機会があれば、川が合流する地方都市や北西部の甘孜(カンズチベット族自治区)と阿坝(アバチベット族自治区)に行ってみたと考えています。


成都の芸能と言えば川劇と変面(变脸)です。川劇は300年、変面は100年の歴史があります。変面はそもそも農民が野獣を威嚇して追い払うために顔に彩色したことに始まるそうで、清末に川劇の一場面の演目として取り入れられ、何度かの衰退期を乗り越え今に伝えられています。現在は成都市が川劇芸術学院を設立し、役者の育成と公演、研究、保護、伝承、普及に努めています。

b0098096_08531532.jpg

宽窄巷子や錦里の茶館では35元位で茶芸と変面を楽しむことができますが、川劇の専用劇場は文化公園近くの蜀風雅韻と春熙路近くの錦江劇場の2か所があります。

成都も最後ですので、空港に迎えに来てくれた劉さんを誘って錦江劇場に行って来ました。錦江劇場は成都市が出資する成都川劇芸術中心の施設の一部で、舞台のある茶館を併設しており、開幕まで此処でお茶を飲んで待ちます。劇場は300席ぐらいの一般の劇場造りで、2階の舞台よりに囃子が陣取っており、奈落や空中芸の仕掛けがあります。

b0098096_08523721.jpg

劇の内容は伝統芸と雑技と現代舞踊を混ぜ、3D等の映像を取り入れた現代風な演出になっています。序幕は三国志の劉備、関羽、張飛と呂布の戦いで始まり、劇は「紅梅閣」という3幕の恋愛悲劇の中に、手の影絵、吐火、人形劇等の雑技を織り込み、最後に5人の変面をやります。伝統芸を見るというより、オリンピックの開幕式の様な迫力があって楽しい内容でした。変面は国の第二級機密に指定されており、劇場内は撮影禁止です。カメラを構えるとすぐに手元にレーザービームが飛んできます。この速さ的確さは中々の腕前です。


来週帰国します。

また、皆さんの仲間に加えてください。

再見!

2014年6月29日

長尾圭介


[PR]
by zuixihuan | 2014-06-30 08:44 | 成都便り | Comments(0)