東京都東久留米市の「グループ・中国だい好き」です。中国がだい好きな方々とのネットワーキングを大切にします。


by zuixihuan

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61号-1~4p(2008年1月5日)

(会報には図なども入っていますが、このBlogでは省略している場合もありますのでご容赦ください。テキストはそのまま掲載しています)

61号-1(2008年1月5日)
「グループ中国だい好き」会報
『中国だい好き』 我们很喜欢中国!
Women hen xihuan zhongguo!


祝您
新春愉快,
身体健康
学习进步

明けましておめでとうございます

“新春の集い”へのお誘い
中国では旧暦でお正月を祝います。今年の春節(旧暦元旦)は2月7日(木)。私たちも新年会をかねて「新春の集い」を開きます。みんなで餃子をつくり、楽しくいただきます。ふるってご参加ください。
日時    1月27日(日)  午後1時30分より
場所    西部地域センター調理室(滝山)
定員    30人
会費    日本人 500円 外国人 無料
締切り   1月22日(火)
申し込み  川村(471-3960)


第2回 ふれあいフリーマーケットに参加                           川村 隆子

11月11日(日)、東久留米自動車教習所内で開かれた市社会福祉協議会主催の第2回ふれあいフリーマーケットに、私たちも初めて参加しました。

前日の10日(土)は雨、11日早朝も小雨でしたので、屋根のない会場でフリーマーケットが開催できるかどうか心配していました。皆様のご協力で食器、衣類、本、DVD、日用品等が多く集まりました。それらの品物は、山本さんのお宅を借りて値付けをしました。
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当日の朝8時30分、品物を東海林さんの車で会場に持ち込み、皆さんにも早くからお手伝いいただき、並べ終わったところで雨が降り、大慌てでビニールや傘をかぶせて降り止むのを待ちました。10時前から雨も止み、お客さんも次々と来て下さいました。

私たち(内田会長以下13名)はフリーマーケットへの参加は初めてでしたが、そのうち経験者が2、3名おり、また品物の値段も安く設定したので、15時の閉店前にはほとんどの品物を売ることができました。とても素晴らしい経験をすることができ、良い思い出になりました。合計18,700円は「中国だい好き」の一般会計に計上させていただきました。皆様の団結力には感謝、感謝です。

今後も続けていきたいと思いますので、会員の皆様のご協力をどうぞよろしくお願いいたします


連載 中国で日本語を教えて 7
  回想の雲南―少数民族のいる風景 4
                            吉見 ハルカ

麗江(リージァン)再訪 
リージァン……響きもゆかしいここ納(ナ)西(シ)族のさとに、またやって来た。夏休みの四方街〔旧市街〕は、どこもかしこも観光客であふれていた。真新しくタイル舗装された通りにみやげ物屋が並び、入りくんだ石畳の路地を人がぞろぞろ歩いている。このさとのシンボル玉龍雪山はいつも薄雲に覆われ、ちっとも姿を見せてくれなかった。あのときはこんなではなかったのに、とつい振り返ってしまう自分がいた。

その前年(1993)の冬休み、当時重慶で仕事していた私は雲南への一人旅を試みた。列車の切符がなかなか買えずに大苦労するは、昆明に着いたとたん具合がわるくなって2日間寝込んでしまうは、とスタートは最悪だった。でも、めげずに夜行バスに揺られ、曙光のなかにさながら桃源郷のようなリージァンのまちを望んだとき、いっぺんに気分が晴れていった。

春節のこの時期、旅行者などめったになく、私はガラあきの賓館に泊まり足の向くまま歩きまわった。ふるびた家々が軒を連ね、すり減った石畳が迷路のようにくねり、堀割のきれいな流れに石橋がかかる四方街を、飽かず散策し何枚もスケッチした。スケッチしているとき偶然ことばを交わした納西族の若者が家によんでくれ、お昼をごちそうになるというラッキーな体験もあった。

風もなく穏やかな陽光に誘われて、まちはずれの丘陵の尾根道をのんびりと歩いたりもした。すばらしい眺めだった。眼下に灰褐色の甍が波うち、山麓まで緑の平地が広がる。それはしだいに赤褐色の大地へと変わり、青い山脈のむこうにひときわ高く、神々しく、玉龍雪山が全容を現した。瑠璃色の空に白雪の峰々がまばゆいばかりに輝く。たしかに、そこには神が宿り、大地に生きとし生けるものを永遠に見守っているように思われた……なんていうと、どうにもウソっぽい。あのとき、大パノラマを一人占めして私がどんな気持ちで立ち尽くしていたのか、今となっては偲ぶよすがもない。たぶん私の想念(おもい)は身のうちを脱けでて、無窮の天地を自由に飛び翔(かけ)っていたのでは……そう思いたい。

まちかどで日本語の貼り紙が目に入った。「いらっしゃいませ、薬膳料理あります」とあるドアを押すと、客はだれもなく主人がぽつねんとしている。奥から50代の気さくな感じのおばさんが出てきた。2人とも日本語は全然できない。筆談で知ったところでは、以前日本のTV局が撮影に来たときここを休憩所にし、以来日本人びいきらしい。  私が重慶から来たと言うと「エッ、ひとりで! 勇気があるのねえ。私も昔重慶に住んでいたことがあるのよ」と懐かしそうだった。そして体調をこわしているのを知って鶏のスープが回復によいと作ってくれた。おかげで元気回復、翌日も食事に通い、私はおばさん―胡妈妈(フーマーマ)と仲よしになった。
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…・・・1年半ぶり、胡妈妈私を憶えているかしら、とTさんを伴い店に行った。が、扉は鎖され商売をしている気配はない。がっかりしていると近所の人が、あっちでやってるよと大通りのほうを指さした。レンガの壁に大きな窓を吹き抜けにしたカフェテリア風の店が、そこにあった。アーチ型の白い看板に赤ペンキで「Mama Fu’s」とあるのが目をひく。一輪挿のあるテーブルはほとんど欧米人で占められ、各国語がとびかっている。メニューは洋食中心でデザートも豊富だ。肉だんごのキノコソース(7元)というのとアップルパイ(4.5元)を注文してみる。コーヒーを飲んでいるところに、胡妈妈がにこやかに近づいた。髪もきれいにセットし若返ったようだ。

「あら、お友だちと来てくれたのね! そう、今雲南大で教えているの、すばらしいわ。またいらっしゃいよ、もうじき2号店をオープンするから。じゃ、ごゆっくりね」忙しそうに行ってしまった。まさに華麗なる大変身。胡妈妈の商才たるや、マーマーフー(フ)〔马马虎虎、いい加減、まあまあ〕どころかほんとうにたいしたものだ。料理はみんな、長期滞在の欧米人旅行者から伝授されたものとか。どおりで、あのリンゴまるごとのアップルパイ、絶品だったなあ。            (次号に続く)

(このBlogは一回当たりの情報アップ量が制限されているため、2分割してアップしています。5p~12pをお読みになりたい方はここをクリックしてください)
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by zuixihuan | 2008-01-28 06:37 | 会報 | Comments(0)
61号-2(2008年1月5日)
「グループ中国だい好き」会報
『中国だい好き』 我们很喜欢中国!
Women hen xihuan zhongguo!

グループ中国だい好き/主催 中国の魅力を知る連続講演会 全3回
          2007年10月7日(日)午後1時30分より 男女平等センター
第1回 「現代中国の地方自治」
―居民委員会と「社区建設」とは何か―
                      鹿 錫俊 大東文化大学教授

鹿先生は中国江蘇省の無錫出身。復旦大学大学院の博士課程修了後に来日、一
橋大学大学院で法学博士。島根県立大学を経て現在大東文化大学国際関係学部教授。東アジア政治史を専攻。

「あなたはどこの単位(職場)ですか?」(你在哪个单位?) 
1970年代の中国語教科書の中には、電話のやりとりの際に交換台の人がこうた
ずねる場面がありました。交通巡査が交通規則を守らない人に注意する時も「名前は?」ではなく、「単位は?」とたずねていました。今ではあまり聞くことのない表現でしょう。
 文化大革命(1966~76)が終了し、改革開放政策がとられることによって、中
国はそれまでの計画経済から市場経済へと大きく方向を転換し、就業や生活の面
で人びとをしばっていた「単位制社会」は衰退します。

「社区」は「コミュニティ」「地域社会」を意味します。1990年代に定着した
新しい中国語です。「居民委員会」とは都市部住民の自治組織で、日本の町内会に
相当します。改革開放政策で始まった地域サービス(社区服務)を目標とするコ
ミュニティづくり(社区建設)はこの「居民委員会」を中心に推進され、今日に
至っています。
 コミュニティづくりには、①地域サービス、②地域の教育援助、③警察と協力
しての地域の安全と秩序の維持、④地域の医療厚生、⑤養老保険、医療保険の代
理など地域住民の保障、といった多くの内容が含まれています。日本の町内会と
比べて「居民委員会」のもつ役割の大きさにびっくりさせられます(『中国におけ
る共同体の再編と内発的自治の試み』(宇野重昭氏との編著 国際書院 2005)。 
 中国の各都市では、それぞれの地域の情況に応じて独自のコミュニティづくり
が試みられているようです。西欧のモデルを基準とするのでなく、中国独自のコミュニティづくりが展開されていくことに注目したいと思います。

●質問の時間には、中国の「単位」や「社区」を体験した聴講者の方々からも、いろいろなエピソードが紹介されました。



グループ中国だい好き/主催 中国の魅力を知る連続講演会 全3回
          2007年11月18日(日)午後2時より 男女平等センター
第2回 「近現代中国とフランスの文化交流史」
                  内田 知行 大東文化大学教授

内田先生は一橋大学で学び同大学院博士課程を修了。香港総領事館専門調査員などを経て現在大東文化大学国際関係学部教授。中国近現代史、中国経済論を専攻。現「グループ中国だい好き」会長。

中国社会経済史が専門の内田先生に、なぜロマン・ロランについての研究があるのだろう(「抗日中国における中日文化交流:中国の知識人はロマン・ロランをどのように評価したか」『ユニテ』32号 財団法人ロマン・ロラン研究所 2005)。今回の講演を聞いて、これまでの疑問がはじめてとけました。

重慶は抗日戦争中、国民政府の臨時首都(1938~45)だったところですが、そこでは『新華日報』という新聞が発行されていました。先生は奥さまの故郷である重慶をよく訪問され、滞在もされているのですが、あるとき資料研究のために『新華日報』を読んでいて、「現代フランスの大文豪、ロマン・ロランは昨年12月30日にフランス中部のべズレーで逝去した」という黒枠の記事(1945年1月4日)をみつけて関心をもったそうです。
『新華日報』にはその後2回にわたって「ロラン追悼特集」が組まれます。1945年3月25日には中国の政治家・文学者と各国の外交使節とが共催で、重慶市の青年館で追悼会を挙行しています。出席者はフランス、イギリス、ソ連、オーストリア、カナダ、メキシコ、トルコ、オランダなどの大使館員。中国側では宋慶齢(孫文未亡人)、郭沫若(文学者・歴史学者)、孫科(孫文の先夫人の嫡子。国民政府行政院長)、于右任(国民政府監察院院長)などです。
1945年初めの日本の情況を考えると、191回の空襲を受けたという戦時下の重慶で、国際色豊かにロマン・ロランの追悼会が開かれていたという事実には信じられない思いがしてなりません。

ロマン・ロランとの関わり以外に、講演ではそのテーマどおり「近現代中国とフランスの文化交流史」のポイントが3期に時代区分されて語られました。「近現代の中国とフランスの関係は日中関係とは対照的だった。中仏関係を見ていると日中関係もわかってくる」という先生の言葉が印象的でした。



グループ中国だい好き/主催 中国の魅力を知る連続講演会 全3回
         2007年12月9日(日)午後1時30分より 男女平等センター
第3回 「戦後日中講和と今日の日中関係」
                     
                    殷 燕軍 関東学院大学教授  

殷先生は北京出身。中国社会科学院大学院を修了、一橋大学大学院で博士号を取得。中国天津の南開大学大学院教授、アメリカのハーバード大学客員研究員を経て現在関東学院大学経済学部教授。東アジア地域研究、中日米外交史を専攻。

第1回、第2回の講演会はわりと楽しいテーマですが、自分のは……という前置きで始まった先生のお話の結論は、「日本と中国の間には講和条約はなく、戦争状態も正式には終結していない」というものでした。
政治、経済、外交、領土、エネルギーなどさまざまな分野で「国益」が声高に言われる今日、日中両国の友好関係を真に未来志向で「戦略的互恵関係」をもったものとして結ぶにはどうしたらよいのでしょうか。
「講和」と「和解」の二つのキーワードでなされた講演は、私たちのもっている戦後日中関係についての理解を根底から揺さぶるものでした。
 
殷先生は近年公開された日本外務省の資料の分析にもとづいた研究の成果を『日中講和の研究―戦後日中関係の原点』(柏書房 2007)として出版されました。日華条約の批判にとどまらず、戦後の対中国正常化交渉を玉虫色の解釈で進めてきた日中双方の外交への鋭い批判になっています。日本人はもちろん、先生の本が中国語に翻訳出版され、多くの中国人の目に触れることを期待したいと思います。

●感想の中から
・原則的な人だと思っていたが、質問に対する先生の答えを聞いていると意外に柔軟さもあると思った。実際に中国人と話し合うことがたいせつだ。
・講演での話が本当ならたいへんなことだ。ぜひ先生の本を読んでみたい。
 ・日中双方ともコンセンサスがないことを認めていて、玉虫色の解釈ですましてきているが、「国益」の声に飲み込まれてしまうのではないか。
 ・「和解」への歩みが、日本・中国・韓国などで東アジア共同体を作る方向へ
  進むことを期待したい。



4クラス合同忘年会


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12月22日(土)12時より、4クラス合同の忘年会が華屋与兵衛で開かれました。内田会長、金野先生(会話班)、王先生(中級班)をはじめ、全部で18人の会員が出席しました。
吉田さんの音頭で乾杯、各人の自己紹介ののち、山本さんから1991年の会の創立の際に市の公報の案内を見て40人近くの市民が集まってびっくりしたこと、会員たちのさまざまな意見を実現する形でその後の活動がなされてきたことが報告されました。

内田先生からは、翌92年から始まった中国語教室の主体は生徒で、いわゆる「中国語学校」とはちがう市民サークルであり、3ヶ月で9000円(月額3000円)の会費は教室の運営費であるので、一つのクラスだけでなく自由に他のクラスにも参加できる。できるだけ他のクラスにも顔を出して、中国語の力を高め、会員同士の交流を深め、教室を活性化してほしいとの話がありました。
   
千田さんからは、初級班の授業について、1月5日(土)の第1回目から名畑東裕(中国名・王保東)先生が教えてくださるとの報告がありました。

内田先生は3月末から1年間、大東文化大学の在外研究員として中国・重慶に行かれます。そのため、今年度の総会を例年より早めて3月末までに行いたいと思います。なお、先生より、北京オリンピックの開催期間をさけて7月か10月ごろに成都で1週間ぐらいの「短期中国語教室」を開けないか、重慶に赴いたのち、現地の大学と相談したいとのお話がありました。

また会員向けに2月に中国映画を2本上映することになりました。


皆さん、はじめまして 大家好!

           中国語初級班講師 名畑 東裕(中国名・王保東)

私の名前は名畑東裕と申します。2008年1月から中国語初級班を担当させていただきます。どうぞよろしくお願いします。私は中国北京市に生まれ、1983年に北京師範大学外国語学部日本学科を卒業し、北京国際信託公司に就職しました。1986年に来日して、貿易会社や専門学校に勤めた後、現在はフリーで中国語の翻訳、中国語の指導や著作などに従事しています。

来日当初、中国で日本語を勉強したとはいえ、いざ現実の生活に入ると残念なことにあまり通用しませんでした。話が聞き取れない、言いたいことをうまく表現できないなど。いらいらし、戸惑う毎日でした。そこでゼロから日本語を勉強し直すと決意し、会社の同僚や周りの方々に教えてもらったり、間違った所を直してもらったりして、やっと日常生活や仕事に支障を来たさないレベルまで上達することができました。人とのコミュニケーションができるようになり、周りとうまく付き合えるようになった喜びや達成感を味わうとともに、語学というものは毎日毎日、コツコツ勉強するしか上達する道はないことを切に感じました。「学無止境」(学ぶことに終わりはない)。今も片手で小説などの本を読みながら片手で日中字典をめくる毎日です。

今回中国語初級班の皆さんと一緒に勉強することになり、ほんとうに嬉しく思います。私にとっても授業を通じて中国語再発見のきっかけになればと思います。皆さんもぜひ授業で習った中国語や知識などを現地で活かしてみてください。

さあ、皆さん、一緒に頑張りましょう。
末筆ながら、下記の本を執筆しましたので、唐詩に興味をお持ちの方にぜひ読んでいただければと思います。 『声に出して覚える唐詩の名作』(呉川氏と共著) 中経出版 2005年

*王保東先生は1993年に日本国籍を取得、日本名(名畑東裕)で生活されていますが、中国語教室では王保東先生と中国名で呼ばせていただきます。



会員紹介
人と人との繋がりの不思議
                       勝木 節子(小平市在住)
                         (中国語入門班講師)

天安門事件(1989年6月)により2年を少し欠く形で中国での留学を終えて帰国し、昼は社会人、夜は中国語学校へ通っていました。1991年秋、宮秋道男さんから連絡を受け、中央公民館でお会いしたのが元会長の故山本潔さんと今の主人でした。「会名は『グループ中国だい好き』!」山本さんがいたずらっぽい笑顔でおっしゃいました。○○友好協会でも○○交流団体でもない、なんとも親しみやすくユルイ響き。会名と同時に会の方向性も決まったのではないでしょうか。

山本さんご夫妻をはじめ、多くの会員の方々に背中を押していただき結婚。14歳の長男が1歳の時、中国語入門班の講師に呼んでいただきました。それ以来、教室を中心にどれだけの方々とお会いしたでしょう。皆さん人生の先輩で、私の方が教わることばかりです。
 
山本さんから武漢を旅した土産話をうかがう機会がありました。それは、夭逝されたお姉さまの、引き上げ以来行方もわからなかったご親友と、半世紀を経て奇跡的に再会されたという万が一にも起こりえないような不思議な話でした。「袖すりあうも他生の縁」とは言いますが、人と人との繋がりは思いのほか強いのでしょうか。
 
卒業された方々とはなかなかお会いすることができません。非礼の言い訳ではありませんが、記憶の経験とは、本人が忘れたと思っていても、実は全てが記録され、いつの日か読み返されるのを待っているのかも知れません。日本人は名こそ惜しけれと言い、中国人も歴史書に汚名を残すことを恐れるそうです。

仕事に教室に子育てに忙殺される毎日ですが、後から読み返したときに赤面しないですむように、毎日感謝しながら大切に過ごしたいと思います。たくさんの素敵な方々のお顔を思い浮かべながら……。
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by zuixihuan | 2008-01-28 06:31 | 会報 | Comments(0)

初級班に新しい先生

初級班の今年初めての教室が王先生をお迎えして5日から始まりました。
先ず先生の自己紹介があり内田会長がところどころ通訳してくださいました。
そのご生徒が自己紹介をして先生が質問をされて2時間がおわりました。
これからの授業がたのしみです。 (川村)
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by zuixihuan | 2008-01-13 10:13 | Comments(0)

会話班1~2月教室

会話班
1月 31日  木    地区センター 第3
2月  7日  木    地域センター 第3  
2月 14日  木    中央地区センター   
2月 21日  木    中央地区センター   
2月 26日  火    図書館集会室大
3月 4日   火    図書館
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by zuixihuan | 2008-01-13 10:11 | Comments(0)

新年好!

新年好!

皆様の2008年がいい年になりますように、お祈りしております。
今年も宜しくお願い致します。
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by zuixihuan | 2008-01-02 08:01 | お知らせ | Comments(0)